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平成17年10月22日〈土〉
05E117 柳生 太一郎 「フランス敗れたり」 アンドレ・モーロワ著/高野 彌一郎訳 【著者】 アンドレ・モーロワ フランスの作家・評論家・文芸評論家・歴史家。1885-1967年。ルーアンの高等中学校で哲学者アランに学ぶ。第一次世界大戦の際、英国軍との連絡将校を務める。1918年、その時の体験を元に著した「フランブル大佐の沈黙」で作家となる。他の邦訳のある著書に『英国史』、『フランス史』『プルーストを求めて』『私の生活技術』『初めに行動があった』ほか多数。 【目次】 Ⅰ 英仏は何故戦争準備が出来ていなかったかに就いて Ⅱ 開戦初期の八ヶ月間を英仏は如何に空費したかに就いて Ⅲ 個人的衝突が如何に戦争行為を阻害したかに就いて Ⅳ ドイツの電撃戦が何故電撃戦たり得たかに就いて Ⅴ 英仏は如何にして離間されたかに就いて Ⅵ フランスの悲劇 【内容紹介】 本書は、フランスの有名な文芸評論家で優れた歴史家でもあったアンドレ・モーロワが、第二次世界大戦の緒戦で「フランスがなぜ無惨にあっけなく滅びたのか」をテーマに、フランス首相、軍部の最高指導部、そして国民の心の動きを臨場感あふれる生き生きとしたタッチで描いた名著を復刊したものである。1940年(昭和15年)12月に刊行された邦訳は3ヵ月後には200版と記録的な大ベストセラーとなった。この出来事は、当時の日本人に大きな衝撃を与えた。その後まもなく日本は日独伊三国同盟の調印に踏み切り、1941年12月日本海軍の真珠湾攻撃により日米戦争へと突入することになる。このフランスの敗北は日本の命運を左右するきっかけの一つであったともいえる。 本書には、1940年6月フランス敗北後にモーロワがアメリカに渡るところまで描かれている。その秋にアメリカで英訳し発売されたものを直ぐに日本でも邦訳、刊行した。一般の日本人がリアルな国際情勢を知らなかったのではなかったのである。当時日本はまだ中立国であったので、こういった情報はしっかりと上流階級ではない日本人の間でも得ることが出来ていたのだということは、当時も人々の知る権利が保障されていたという事で当然ではあるが少し驚いた。 ヒトラーのドイツと対峙し、英仏同盟を結んでいたフランスは、第一次世界大戦での戦勝国で、ドイツを上回る国力を持っていたはずである。それがわずか一カ月で、なすすべもなく敗れてしまったのはなぜか。モーロワは当事者として、フランス敗北の原因を詳細にわたり分析している。 1939年9月1日にドイツ軍がポーランドに侵攻し、英仏両国が対独宣戦布告に踏み切るとそれから8ヵ月後の1940年5月10日よりドイツがわずか6週間でフランス全土を占領し、ヒトラーの前にひれ伏すこととなった。以降4年間はドイツ軍の占領下に入る。一方でイギリス軍は何とか逃げ切り抵抗を続け、1945年5月英米ソ三国がドイツを打倒し同年8月には日本もアメリカに無条件降伏をする。こうして第二次世界大戦は終焉を迎えることとなる。 モーロワによればフランス崩壊の原因は、具体的には戦争の準備不足にあった様である。特に宣戦布告からドイツの電撃作戦まで8ヶ月の期間にほとんど準備が進まなかったのが、致命傷であったという。なぜそうだったのか、一つは国論の不統一であるといえる。指導者が個人的に反発しあうような状況であった。もう一つのそして最大の原因は国民の戦争感覚だった様である。当時国民の間では「戦争反対」などという平和主義が幅を利かせていた。国際連盟に過度に期待をかけたり、共産主義を待望したり、ナチスに共感を持ったりと国民が分裂し、戦争に反対していれば戦争は防げるという安易な雰囲気が拡がっていたことで、戦争に対する楽観的な感覚が行動を鈍らせたのである。こうした事情はイギリスでも同様で、「英国は国際連盟というものに過大なる重要性を与えていて半ばはまじめな理想主義と半ばは国際連盟というものがお説教の一斉射撃で大砲を圧倒するだろうという誤れる考えによって動かされていたのだ」と、モーロワは次のように書いている。そのほかには専守防衛的発想があり、攻撃されれば同盟国が守ってくれるといった無責任で他力本願な発想はむしろ相手に戦争を仕掛けたくなる心理を抱かせていたようである。 これらの諸反省を振り返り、モーロワは次のように9つの救済策を提唱している 〈強くなること〉 国民は祖国の自由の為にはいつでも死ねるだけの心構えがなければ、やがてその自由を失うであろう。 〈敏捷に行動すること〉 間に合う様に作られたる一万の飛行機は、戦後の五万台に優る。 〈世論を指導すること〉 指導者は民に行くべき道を示すもので、民に従うものではない。 〈国の統一を守ること〉 政治家というものは同じ船に乗り合わせた客である。船が難破すればすべては死ぬのだ。 〈外国の政治の影響から世論を守ること〉 思想の自由を擁護するのは正当である。しかし、その思想を守る為に外国から金を貰うのは犯罪である。 〈非合法暴力は直接的かつ厳重に処罰すべきである〉 非合法暴力への煽動は犯罪である。 〈祖国の統一を撹乱しようとする思想から青年を守ること〉 祖国を守る為に努力しない国民は自殺するに等しい。 〈治めるものは高潔なる生活をすること〉 不徳はいかなるものであれ、敵につけ入る足掛かりを与えるものである。 〈汝の本来の思想と生活方法を熱情的に信ずること〉 軍隊は、否、武器をすら作るものは信念である。自由は暴力よりも熱情的に奉仕する値打ちがある。 【感想】 現代の日本は当時のフランスの姿勢と似ているところがいくつか見受けられる。近年の日本の対外情勢は各方面で緊張感が高まってきていることに違いはないが、実際に戦争をしたらどうなるであろうといった有事に関しては多くの人々が全く想像つかない状態にある。だが、有事の発生と、そのとき確実にアメリカが日本を守っているという保障は残念ながらどこにも無い。本書には、作家としてすばらしい表現力で描写された貴重な歴史的記録と、フランスに対するモーロワの熱い想いが込められている。やや右翼的な感も否めないが、日本の今そこにある危機と決してそむくことが出来ない事実があるということについて、この本によって改めて考えさせられることとなった。 # by darmouse2 | 2005-10-27 22:42
2005年10月22日
本田 「フランス敗れたり」 著者:アンドレ・モーロワ 発行:株式会社ウェッジ 2005年5月27日(1940年初回発行の復刊) 著者アンドレ・モーロワについて 1885~1967年。フランスの文芸評論家。第一次世界大戦中、さらに第二次世界大戦開戦時、英国軍との連絡将校を務める。フランス敗戦後渡米し、ハーヴァード大学で教鞭を取った。 本書のエッセンスは筆者が渡米に際し乗船した船のなかで記した以下の文書に詰まっている。 ・強くなること―国民は祖国の自由の為にはいつでも死ねるだけの心構えがなければ、やがてその自由を失うであろう。 ・敏捷に行動すること―間に合う様に作られたる一万の飛行機は、戦後の五万台に優る。 ・世論を指導すること―指導者は民に行くべき道を示すもので、民に従うものではない。 ・国の統一を保つこと―政治家というものは同じ船に乗り合わせた客である。船が難破すればすべて死ぬのだ。 ・外国の政治の影響から世論を守ること―思想の自由を擁護するのは正当である。しかし、その思想を守る為に外国から金を貰うのは犯罪である。 ・非合法暴力は直接的かつ厳重に処罰すべきである―非合法暴力への煽動は犯罪である。 ・祖国の統一を攪乱しようとする思想から青年を守ること―祖国を守る為に努力しない国民は、自殺するに等しい。 ・治めるものは高潔なる生活をすること―不徳はいかなるものであれ、敵につけ入る足がかりを与えるものである。 感想: ・「フランスの運命と日本の運命がまさに連結していたという歴史観」(解説者:中西輝政氏) ・マジノ線心理 ・平和至上主義の危うさ ・指導者に求められるノーブレス・オブリージ ・上記のエッセンスは良き悪しきを問わず指導者が利用可能 参考: 1939年9月:ナチスドイツがポーランド侵攻、英仏が独に宣戦布告。 1940年6月:パリ陥落、欧州大陸はナチスの勢力下に。 ド・ゴール派がロンドンに亡命政権樹立。 1944年6月:ノルマンディー上陸、パリ解放(8月) 1945年5月:ナチスドイツ無条件降伏 # by darmouse2 | 2005-10-27 22:40
出雲井晶(Izumoi Aki)の「わかりやすい日本の神話」についての感想文
―ギリシャ神話と中国神話の比較しながら ディンチエ ギリシャや古代ローマ神話のほかにアジアでもこんなに興味深い日本の神話に惹か れました。様々な神の名前は長くて慣れるまで時間かかりましたが、一気に読み終 わって日本的なものを沢山発掘することができました。 女ヵ補天よりずっと面白いのは国うみ=日本の国の誕生です。いざなぎの神といざな みの神は日本列島の父親と母親のことは前聞いたことがありますが、今回は私にとっ て日本地理の勉強にもなりました。一番にうまれた島は淡路島であり、つぎに生まれ た四つのあたまがならんでいる島は四国であり、いちばん長くて広い島は本州だそう です・・・。日本の子供たちの歴史の勉強の教材だけではなく、地理の勉強の教材に も最適だと思います。しかし、私はこの本を大学の日本人の友達に見せましたが、案 外に知っている人が少ない。 海幸と山幸の物語は知らなくても浦島太郎さえ思い出せば共通点は見つかるでしょ う。出雲井晶の話によると戦後日本の国の子供は、自国の素晴らしい神話を教えられ ないから知らないということ、まさかその通りのようです。 子供の時から沢山の世界の神話や童話を読んだことがありました。日本の神話は天 照大神ぐらい名前しか知りませんでした。中国の神話はギリシャの神話ほど興味に 持っていないが、知らないことはないです。今回日本の神話を読み始めてギリシャ神 話に似ているところを見つかりました。とくにギリシャ神話のオルフェウスとエウリ ディケの話のところです。オルフェウスも、死んだ妻を追って黄泉の国へ行きます。 実はこれは偶然の一致ではなく、ギリシャやオリエントの神話が、大陸を伝わって日 本にやってきたという説があります。そのほかにもギリシャ神話と共通しているとこ ろが沢山あります。 一番注目を集まりやすいところは神である同時に感情も豊かで人 間に近いところです。しかし、中国の神話の神は本当に「神」そのものであることが 多いです。例えば女ヵ補天のじょかをいざなみの神と比べたら、彼女は補天の功績以 外知られていることはほとんどないでしょう。「封神演義」という小説においては、 千年狐狸精「妲己」を影で操る黒幕として登場しているほうが有名です。いざなみの 神の物語を読むと、ギリシャの神話と似たように人間性が豊富でインパクトが大きい と思います。 いざなみの神は火の神カグツチを出産した際に、イザナミは火傷で死ん でしまいました。いざなぎはカグツチを殺し、いざなみをさがしに黄泉の国へと赴 く。しかし、黄泉の国のいざなみは既に変わり果てた姿になっていた。これにおのの いたいざなぎは妻の約束を破り、逃げてしまいました。その後いざなぎといざなみの 敵になり、いざなみは毎日千人を殺すに対していざなぎは毎日五百人を生みます。日 本の女は気が強いとよく言われていますが、日本の昔の神話に根拠があるかもしれま せん。 おおくにぬしはその名「大国主」のとおり、地上を治めるエライ神になったのです が、なぜか兄弟たちにひどく嫌われ、いろいろいじめを受けます。旧約聖書のカイン とアベル、ヨセフとその兄弟の例にもあるように、どうも兄弟というのは昔からあま り仲の良くないものだったようで最終的に兄弟たちに殺害されました。ところが、大 国主は何回でも生き返ります。なんで大国主がこんなに簡単に生き返ったりするかと いうと、別に古代の妙薬や魔術があったわけではなくて、彼が農業の神ためです。生 えては枯れ、枯れては生える植物を見ていると、「復活」だの「再生」だのというの は、ごく自然なことに思えてくるのかもしれません。 生き返る神は大国主のほかに有名なのがエジプトのオシリスです。彼も兄弟のセトに 憎まれて殺されますが、妹で妻のイシスに助けられ、よみがえって死者の国の王とな ります。 ギリシャには1年のうち3分の1を地下で、また3分の1を地上で、残りの3分の1 を自分の好きなところで暮らしたアドニスという神がいます。このアドニスも、植物 の再生を象徴する農業の神だったのです。エジプトのオシリスも死者の王であると同 時に、農業の神だったのです。 ちなみに神農と呼ばれている中国伝説上の農業、薬学医学の神もあります。また、市 をたて物々交換を教えたため医薬、商売の神として祭られています。生き返れなかっ たので神になったそうです。 以上から古代における農業の重要性をお分かりになると思います。生き返れるかどう かはその国の死生観を表しているに違いありません。日本とギリシャの神話を読むと 神は人間に近いところが多いので現実性が高いと思います。空間、地下、草木、石、 動物、どんな小さい生き物にも神が存在している日本人独特な世界観をしめしていま す。私も日本に来てから日本が伝統をとても大切にしている姿を見てびっくりしまし た。「目に見える物や土地にとらわれ欲の心を起すと神々は惑い迷う。すると争いに なります。すべてのものも土地も神からの恵みであることを忘れないように。欲ばり うばいあったりしては幸せは遠ざかっていくのです・・・。」(P44 引用)とても簡 単なことですが、現代の人がなかなか理解できないことは古人が教えてくれました。 ある17歳の高校生はこのような言葉を述べました。「人間はとても自己中心的な生き 物である。人間のためなら、何でもしていいと思っている。世界が本当の意味で世界 の平和を願うなら、人間はいなくなった方がいいのかもしれない」。 今の中国の人は数字のマジックにどんどん追われて心を置き去ろうとしている人は少 なくないです。災厄のことはこれに気づいていない中国人がけっこういます。中国へ 帰ったら日本の神話の精神を中国の人に伝えたいと思います。日本の未来の子供は日 本の神話の精神を永遠に保ち続くことを願っています。 # by darmouse2 | 2005-08-02 20:41
堀田貴久
本について ・「中国の嘘 恐るべきメディア・コントロールの実態」 何清漣(著) 中川友(訳) ・2005年2月10日初版第1刷発行 ・何清漣 経済学者・ジャーナリスト。1956年、中国湖南省生まれ。湖南師範大学卒。上海復旦大学で経済学修士号を取得。湖南財経学院などで教鞭をとり、市委員会宣伝部に勤務の後、記者を務めるかたわら、中国社会科学院公共政策センターの特約研究員となる。98年に出版した「中国現代化の落とし穴」が共産党政権のタブーに触れ、国家安全当局の圧力を受ける。2001年にアメリカに渡り、現在はニューヨーク州立大学で研究活動に従事。 ・中川友 1955年生まれ。東京外国語大学中国語学科卒 世界各国のメディアはそれぞれ自国の魅力を世界に向けアピールしているが、民主国家のメディアには言論の自由が存在し、様々な情報が混在しているのに対し、専制国家のメディアは厳しい統制を受けて当局の意向に従わなければならず、ひとつの声しか存在していない。なかでも中国のメディア統制は厳しく、国家の政治的策略が色濃く伺える。独裁政治のもとでは情報を統一し、世論さえ操作しておけば人間の思考と行動を簡単に操れるのである。 中国が報道を規制する目的は、世論を操作し公衆の思考に影響を及ぼすためである。旧ソ連の「プラウダ」紙のモデルをそっくりそのまま真似し、社会の実際の情勢を無視し政府の文書通達だけに基づいて新聞が作成され、報道が事実と合致していなくても構わないのである。マスメディアは「党の喉と舌」でしかなく、政府のプロパガンダマシーンとして存在しているのである。 中国政府の現在のメディア統制を理解する上で、1978年以前の統制の方式の特徴を抑えておかなければならない。当時の中国は毛沢東の絶対的なワンマン統治下にあり、いかなる思想の自由も存在しなかった。当時の状況を形容して「10億人いて脳はひとつ」と言っている。毛沢東の統制の方法は「大衆の動員」である。大衆のなかから「積極分子」を育成し、彼らに周囲の人々を監視させ、各種の密告を奨励し「内部摘発」と呼び、密告者にはさまざまな褒賞が与えられた。たとえ日記のような形であっても、当局の意向と異なる思想が記録されていれば、誰かに盗み読みされただけで当人、家族に厳罰が待っていた。当時の中国には個人の通信の自由は一切認められておらず。職場の上司や同僚は他人の手紙を開封してよく、特に政治的な迫害を受けていた人々の手紙は誰が検査しても構わなかった。この過酷な統制は1978年にようやく終焉を迎えた。中国の政治的経済的な環境の変化に伴いメディア統制にもいくつかの変化が現れた。 鄧小平は毛沢東亡き後、党内の最高権力を奪取し、毛沢東政権の誤りと文化大革命を完全に認めた。これが中国の政治環境を変え、メディア統制の方法の変化をもたらした。この時期は政治的統制も相対的に緩み、しかも圧倒的な勢力が存在しなかったために毛沢東時代のような残虐さは見られなかった。またこの時期には新聞、雑誌の刊行が相次いだ。これらの指導者は共産党内の開明派の人物で斬新な観点の記事が多く、共産党統治史上で最も健全な時期であった。 1989年の天安門事件により中国は政治思想教育の復活と新たなメディア統制を採用することとなった。しかも以前にくらべより狡猾で隠蔽性の強いものとなった。例えば報道では以前のように不利なモノは報道しないのではなく、「一部真実を交えた嘘」を公表するのである。これにより外国人研究者は何が偽で真か見分けられなくなり、「中国繁栄論」を唱えるのである。しかし外国人研究者が知っている中国とは当局によって作り上げられたものであり、小都市や農村で暮らす中国人が実感している中国とは大違いなのである。 中国の報道メディアと政府の関係は、常に共産党が主導権を握っていたためメディア側はいつも厳しい統制を受ける状態を強いられてきた。中国には数千のメディアがありながら、報道が千篇一律な原因はそこにある。しかし中国政府は今までメディア統制において満足したことはないようである。それはイデオロギー方面の総元締めともいえる歴代の中央宣伝部長の処遇からも垣間見える。彼らのほとんどが投獄や排斥などの処罰を受けている。今日に至るまで中央宣伝部長というポストは、任官した官僚に昇進の機会と政治的栄誉をもたらしたことはないのである。 どんな国家でも機密を守るための制度を備えているが、報道の機密保護規定の範囲の広さと「漏洩」によって記者が投獄される点が中国の特色である。国家機密の中にはエイズの採血ステーションに売り、金銭を得ていた。しかし採血ステーションの責任者は自分の金儲けしか考えてなく、経費節減のために同じ血液型の血液を集め、遠心分離機で血漿だけを採取し残りを売血者に戻していた。さらにこの血液は全国各地に流れたため、エイズやB型肝炎などの大流行を招いてしまったのである。しかし当地の役人達はみずからの保身のために感染状況を国家機密とし、隠蔽してしまうことによって人為的なエイズの蔓延を招いてしまったのである。この情報を獲た「河南科技報」の記者・喩塵は真相を調査し、記事を掲載したが、喩塵本人は猛烈な圧力を受けることとなった。喩塵以外にもエイズを報道したために当局から弾圧を受けたものは多数いる。このような隠蔽を繰り返した結果ある省では、アフリカのエイズ多発国の水準をはるかに上回ってしまった。 さらに警官の不祥事などを取材した記者は投獄などの厳罰処分を受けるなど、政府機関のイメージを悪化させる事実は闇に葬られるというのが中国の真実なのである。中国のような人権を一切無視した独裁国家では、ジャーナリストとしての職業的良心に従ったもの達は悲惨な運命をたどることになるのである。 しかし中国にいる外国人ジャーナリストは、中国人ジャーナリストよりもはるかに強い制約を受けている。取材を受ける者は所属単位の責任者の許可を得なければならず、さらに取材時には外事弁公室という対外国専門の事務セクションの係員が同室しなければならない。こういった状況では大半の中国人は取材を受けたがらず、受けた場合も自分の本当の意見など言えないのである。また取材地においても強烈な制約を受けており、北京市の「外国記者ならびに外国常駐報道機関管理条例」では外国人ジャーナリストの全ての活動を中国政府のコントロール下に置き、政府の主管部門の許可なしでは一歩も動けないように制限したのである。さらに住居においても外国人ジャーナリストは自由に部屋を借りることが出来ず、北京市政府が指定する外国人専用アパートに住まなければならず、アシスタントも外国人服務局という国家安全部の監視機関から派遣される。これは外国人ジャーナリストの日常活動と生活が実質的にすべて中国政府の監視下にあることを示している。仕事用電話の盗聴や秘密撮影などは日常茶飯事のことである。このように外国人ジャーナリストは極端に制限を受け、得られる情報も当局の細工がなされた嘘の情報ばかりなのである。 今までにあげた政府当局の情報統制により、中国は虚像を作り上げてきた。「GDP高度成長」もその一つといえるであろう。実際の中国経済は、金融、財政、社会保険といった社会と経済の「支柱」が破綻寸前まできているのである。中国が20年連続でGDPの高成長を維持したと吹聴する目的は、良好な国際イメージを作り上げるためであり、国際資本の獲得のためであった。この作戦は成功を収め多数の著名外国人やメディアが中国の「GDP神話」を支持し報道してきたのである。こうして中国は経済の一人勝ちを演じ続けてきたのだが、アメリカをはじめとする国々が人民元の切り上げを要求し、この圧力から市場需要の不振、物価の持続的な下落、失業の拡大など中国経済における問題を認めざるをえなくなってしまった。中国はいま未曾有の変化にさらされているのである。 中国で近年起こった変化の中に資源配分の方式と経済体制であろう。経済体制は従来の公有制一辺倒から多様な所有制の並存へと変化した。資源配分の権利はいまだ政府の役人の手中にあるため、政治エリート集団が改革の中で最大の利益を享受した集団となった。 しかし政治体制に本質的な変化は見られず、依然として一党独裁政治のままである。中国政府は各種のデマを作り、さらに自分達は「民主政治」を行っていると平然と公言しているのである。温家宝首相は「中国の人民は今のところまだ選挙で指導者を選ぶ準備ができていないのです。」と人民の資質の低さを述べていたが、実際は農村部など資質が低いと思われる地域では村民委員会の選挙を許可し、資質が高いと思われる都市部では許可していない。 民主政治が行えないのは中国人民の資質が低いからではなく、政府がまだ「独裁政治を放棄する準備ができていない」からなのである。 中国が民主化への道をたどるためには、新聞、雑誌、テレビ等の報道機関が自由なメディアになれるかどうかに懸かっている。中国政府のメディア統制に関する体質の改革が必須なのである。アメリカの人権組織「フリーダム・ハウス」が発表した独立国の自由度では、中国はアジアの中で最も不自由な国と判定され、内容は北朝鮮とほぼ同じであった。メディアの自由を確立し、民主的な立憲政治基礎の上に樹立され、公明正大な政治を中国が行えれば、現在の腐敗しきった、自国の人民をゴミ同様の扱いをする共産党独裁下の中国に較べれば、世界文明に果たす役割ははるかに大きなものとなるだろう。 本書を読んで強く感じたことは、中国政府の汚さであった。メディア統制により国際社会や自国の人民を欺き続けていたことに憤りを感じた。また最近起こった「反日デモ」においても、当局がインターネットの掲示板に書き込み、国民を煽ったという報道を見たことがある。日本から多額のODAを受け取っていることは国民に公表せず、ひたすら日本の罪ばかりを叫び続けている。一刻も早く現在の共産党独裁政権が倒れ、中国に民主化が訪れることを祈る。当局の圧力を受けながらも中国の実情を包み隠さず発表した何清漣氏の勇気には感銘を受けた。 全体について この授業内で様々なプレゼンが行われたが、一番印象に残っていたのは石井さんが行われた「希望格差社会」のプレゼンであった。以前は小中高、大学で就職というレールがきっちりと引かれていたのだが、大学を出ても就職が無いなど、漏れが生じてしまった。このことにより若者が希望を持てなくなりフリーターやニート人口の増加が問題となっている。 夢のためにフリーターをしている方々もいるだろうから一概に彼等が悪いとは言えないが、彼等は税金を納めず、年金も払っていない人が多いため、自分の感覚からは現実から逃げているとしか思えない。自分の明日や未来に希望が持てない人生では、あまりにつまらないのではないだろうか。 # by darmouse2 | 2005-08-02 20:39
永田孝臣
「帰らざる日本人」という本を読みました。著書は蔡敏三です。この人は台湾の嘉義というところで生まれた人です。この本は蔡が日本による台湾の植民地時代を生き抜いて、その時代を赤裸々に書き綴ったものでした。また、後に中国に植民地にされ、日本の素晴らしさを綴っていたのが印象的でした。 まず、第一章は台湾が日本の植民地になった当時の状況の説明から始まりました。著書が生まれた嘉義が田舎で、便所も汲み取り式で、蛇口は家に1ヶ所しかあらず、そこから汲んで使うといったものでした。また便所や蛇口がある家は良いほうだと書いてありました。また日本が来る前に日本を統治していた清は台湾をほとんど整備せずにいたので、衛生面や治安も酷かったそうです。とくに治安は土匪というヤクザみたいな連中が横行していました。その土匪から村を守るため、村全体を竹藪で覆っていたが、そのために蚊が多く、マラリアでやられてしまった人も多かったそうです。また、日本がいかに台湾に寄与したかが書かれています。森林鉄道、建築技術、ダム開発、品種改良による作物の増加など、日本人は台湾人にいろいろな技術を教え込みました。次に、著書の年少時代の両親の話が出てきました。暮らしは近所では比較的裕福な暮らしだったそうです。また祖父は日本の土匪征伐の際に、土匪頭と密告され殺されたそうです。密告は中国の国民病だそうです。 第二章は、日本の教育制度について書かれていました。日本語の勉強が始まり、台湾語と一緒に覚えていくといったスタイルで教育が行われていたようです。また、著書が台南という首都に引っ越したときには、いじめられたそうです。著書は勉強がよくできて勉強はやるのが当たり前という考えがあり、素晴らしい子供だったようです。正月の二日には書き初めがあり、著書は現代の日本の教育にはしきたりが守られていないと主張しています。 著書は勉強以外に唱歌も得意でした。最近になってNHKから出ている唱歌シリーズを全部買ってよく聞いているそうです。また、勅語によって、基本的精神訓練、忠義、孝行、潔さを学びました。現代の日本にはそのような教育に力を入れていないために社会が乱れていて、国に誇りを持つといった精神が失われているように感じます。植民地にした台湾で行われていたことが、なぜ今の日本では行われていないのか不思議に思います。当時の台湾の学校は修学旅行や遠足や運動会といったものもあり、今の日本の学校と変わらないように感じました。日本人の先生もよい先生が多かったといいます。 私がすごいと思ったのは生徒が国籍の違う台湾人なのに休み時間や放課後、休みの日まで一緒に野球をやっていたということだ。また当時は貴重品である牛肉の缶詰を生徒に分けてくれるといったように生徒を本当にかわいがっていた。先生の家に行ったり、生徒の親が先生の家に行ったり、生徒だけでなく生徒の家族にも深く関係していたということでした。今の日本にはそのような先生は少ない。労働時間が終わったら仕事終わり。というような感じがします。著者は台北工業高校に入学し、寮生活を送り、後の人生を決定していたと書いています。自分のことは自分でやったり、礼儀作法はちゃんとしなければ先輩に殴られるといった状況で「公」というものを学んだ。 第三章では、ついに日米開戦が始まり、環境が大きく変わり始めたことが書かれていた。そして、現代では戦争は悪とされ、酷評するマスコミを否定していた。私としてもマスコミが言うより、当時を生き抜いた著者の言うことの方が信頼できました。人間というのは誰も死にたくないもので、人間個人単位で考えると、本当に悲惨な歴史が見えてきます。戦争を戦い抜いた戦士のおかげで、今の日本の豊かさがあることを忘れてはいけないと感じました。今の若者には戦争の事実を正確に伝えられていないような気がする。 この第三章を読んでとくにそう感じました。著書が高校を卒業して会社に入った時、ついに出征の通知が来ました。当時は著者の収入で一家を支えており、妹や弟もまだ学校に行っており、もし著者が戦死したら残された家族は悲惨な状況に置かれたことでしょう。著者は工業高校を卒業したこともあり、工作兵として船の修理にあたりました。不憫なことは多かったが、食料に困ることはなかったそうです。そこで、木工・板金・潜水などの技術を習得しました。しかし、実際に爆破された船を修理することはなかったそうです。 高校の歴史教科書で従軍慰安婦という語句があったのを覚えている。語句を見る限り、軍に無理やり連れてこられたように感じていた。しかし、これは著書がいうには真っ赤な嘘だという。実は従軍慰安婦は置屋がやっていた。女郎屋が軍から承認を得て、慰安所を作っていたのだ。働いた女性たちも事情はあるだろうが、最終的にはお金を稼ぐために、自分の意思で来ていた人達だったそうです。そしてあの有名な南京大虐殺もでっち上げだと言います。この事件を聞くと日本人は勝手に日本が悪いと決め込んでいるように感じます。支那軍は南京大虐殺よりももっと酷いことをしていた。日本軍から撤退するための時間稼ぎに、支那軍は黄河の堤防を二ヶ所で切ったのです。それによって大洪水となり、流域千二百万人に被害が出て、九十万人が死にました。しかし、現代はその事実を棚に上げて、日本の責任ばかりを批判しているだけです。 ついに戦火が著者のいた台湾に入ってきます。深夜にはB29が、ブーンというエンジン音を響かせながら飛んできたそうです。しかし一機だけ飛んでくるだけで命の危険は感じなかったそうです。その最中、著書はアミーバ赤痢にかかって動けなくなってしまいました。しかし、マンザクロの若芽を部下に取りに行かせて塩漬けにして食べたところけろっと治りました。これは台湾に伝わる知恵だそうです。兵舎はいろんな部族の人が集まってきていて、中でも高砂族という人は日本に対する忠誠心は一番だったようです。食料を運搬する際も、自分がいくらひもじくてもいっさい手をつけなかった。食料を持ったまま飢え死にした人もいたそうです。今の日本にはこのような忠誠心を持った人はいないと思います。 この戦争は日本が優勢である。という風に報じられても海軍は日本が負けるということをうすうす知っていました。それを海軍みんな感じていたので、終戦の少し前は無理な訓練をしなくてもよかったそうです。次に、零戦のことが書かれていた。当時の著者はゼロ戦に憧れていたが、パイロットとしてはもう死ににいくわけだから心境としてはとても悲しいと思いました。現代の若者には国民全体が国のために命を懸ける、国のために死ぬのは当たり前という精神が理解できないでしょう。だから日本人という誇りが失われてきていると感じます。そのパイロット達は皆、靖国神社に祀ってもらえる、靖国神社で会おうといって散っていったのです。それを首相が中国や韓国にとやかく言われて参拝できないというのはおかしな話だと思います。日本の首相がそんなんだから日本が世界の国からなめられても仕方ないと思います。また、日本の兵士の統制はすばらしかったそうです。それに比べて中国大陸の兵士は無理やり集められた兵士ばかりだったので、士気も低く、規律もないため、略奪や強姦が横行したのです。日本が戦争で負けたとき著者はとても恐ろしかったそうです。それは台湾が中華民国に接収されるとなったからです。しかし、この終戦を境に元日本人だった台湾人の「台湾に生まれた悲哀」が始まったそうです。 第四章では戦後の混乱が書かれています。日本軍が台湾から引き揚げていき、そこに中国の兵がやってきました。法治国家の崩壊と共に独裁政権下の社会が始まりました。略奪を行ったり、傍若無人に振る舞いました。人通りの少ないところでは、強姦なども公然と行われていたそうです。官吏達は、工場や倉庫を次々に接収して、それを大陸で売って自分の懐に入れていたそうです。その結果、台湾人はその日の生活にも窮するようになりました。中国時代になって、すべてが日本の常識と違いました。また、あらゆる面で日本の技術を得ていた台湾は中国より進んでいました。規則的にもインフラも、人々の知識レベルも、生活のレベルも圧倒的に高かったのです。蒋介石が軍隊で乗り込んできて地方の有力者は絶滅させるという計画を持ってきました。また、私欲を肥やす人々のせいで物がなくなっていく一方でした。さらに、台湾の通貨だった円と中国元との交換レートを固定して、円を不当に低くしたので、終戦までは一円は一元だったが、二年ぐらいで一円が4万元になりました。つまり四万倍です。そんな社会になったので会社や工場も正常に機能せず、失業者は三十万人以上に膨れ上がり、治安も悪化し、日本時代が築いた法治国家から無法地帯になったのです。中国人は役所や警察などの上のポストをドッと占めました。しかし中国人はまったく技術を知らず、著書があらゆる仕事をやっていました。 そして、終戦から二年後に民衆の怒りが爆発する日がやっていました。それが有名な二・二八事件です。きかっけは闇市で起こり、そこから嘉義での虐殺につながりました。これにより、一万とも二万ともいわれる人が殺されました。最後は大陸から援軍を送って無差別に市民を発砲し、台湾を徹底的に制圧しました。銃殺を宣伝し、国民を集め、駅前の広場で銃殺し、遺体を一日野ざらしにし、遺族にもひきとらせなかったこともあるそうです。本当に悪魔だと思いました。同じ人類として恥ずかしく思います。また、蒋介石は、自分が統治をしやすいように優秀なエリート層を殺しました。そして、日本政治は悪、自分を善であると宣伝しました。その結果、日本時代の秩序はことごとく破壊され著書のような日本語族は苦難の道を歩かされることになります。著者はそんな時代を生き抜きながらも自分で会社を興し、結婚をし、不幸でありながらも子供の成長から幸福を感じたそうです。 ようやく四十年続いた戒厳令が解除されました。蒋経国の時のことです。ニューヨーク訪問中に台湾独立派の青年に銃撃される事件がありました。それでおとなしくなった蒋経国は権力を継承しませんでした。李登輝が台湾総統となり、長年にわたり人々を苦しめてきた国民党は倒れました。 第五章では著者の中での日本統治のすばらしさについて書いてありました。今の台湾の発展があるのは五十年間の日本統治による衛星、教育、水利、電力その他の工業基礎のお陰であり、「公」の精神を根付かしてくれた日本教育のお陰だと書いてあります。その中で、現代の日本の教育を激しく批判しています。日本を愛するが故に、今の日本が歯がゆいのです。著者は正しい歴史を知り、日本人たるものどうあるべきなのかを考えてほしいと書いています。現在の学校の先生や朝日新聞、NHKも左翼です。偏向した思想を流し続けている。あのマッカーサも大東亜戦争はセキュリティーの戦争だと証言しています。この事実を知る人が日本にどのくらいいるのか不思議に思います。東南アジアが植民地にされていた時代から現在の独立は日本の大東亜戦争があったからなのです。小国である日本が奮起した結果がアジアの国に勇気を与えたのです。著者の日本に対する期待や愛情を深く感じました。 この本を読んで日本の過去や戦争の悲惨さ、日本の功績、日本人の素晴しさなど数多くのことを学んだ。確かに昔の日本人のような素晴しい人は今の日本にはすくなくなっていると思う。こんな詳細で自由に書いてある戦争の本は読んだことがないので衝撃を受けました。また今の日本の情けなさは教育にあると強く感じました。小学校から左翼の志向を教え込まれ、今の若者は左翼の思想にドップリ浸かっている。まずは教育方針を見直し、戦争をすべて悪と教え込まず、本当の真実を伝えるべきであると思います。私はこの本を読んで日本人の誇りを感じました。現在台湾人である著者に負けないくらいの愛情を日本人の若者が持てば中国や韓国のいいなりになることはないと思います。日本人がしっかりしないから首相である小泉さんもあやふやになってしまうのだと思います。日本のマスコミも日本をよくしたいなら左翼的な志向を流すのでなく、日本の将来に協力するべきだと思います。過去の歴史は教科書や先生、マスコミが伝えるのが大半で、このような本を目にする人は少ないと思います。本当に大切なのは日本の真実の歴史を人々に伝え、過去を考え直し、日本全体が変わることだと思いました。 印象に残ったプレゼンテーション 一番印象に残ったプレゼンテーションは希望格差の話でした。これはもうすぐ近づく就職に当てはめて考えたのでとても印象に残っています。またフリーターのことが書かれていて、私の周りにもフリーターの友達は多くいるので深く考えさせられました。勝ち組や負け組の話をしても当てはまる人やそうでない人も多くいると思います。一度きりしかない人生なので誰もが楽しみたいし、夢を抱きたいと思います。特に夢追い型といのは日本活力の卵だと思います。やりたいことを頑張っている中で多くのことを学び、人間として成長したら、それはすばらしいことだと思います。日本にそんな人たちがいなくなったらとてもつまらない国になります。現実を見て、小さなときから偏った知識を教え込まれ、勉強して、競争して、本当に勝ち組になれるのか。最後には何が残るのか不安になりました。会社の歯車として働いている人間よりも夢を追い、自分で自分を磨こうとしている人のほうがすばらしいと思います。またそんな世の中になってしまった日本の構造がおかしいと思います。教育の見直し、将来への希望を若者にもっと持たせるような世の中になってほしいと思いました。 講義を通しての感想 この講義はとても楽しく学ぶことができた。先輩などのプレゼンテーションの技術を学ぶいい機会だったし、いろんな本の内容を知り、グループ間で自分の考えを言うことができた。また自分の担当になった本をじっくり読むことで著書の大きな主張を読み取ることができた。講義を通してプレゼンテーション能力やコミュニケーション能力が養えたと思います。 # by darmouse2 | 2005-08-02 20:28
発表者:小川、山田 (情報社会学、6/29)
この本を読んで新しい歴史教科書を読んでみたいと思いました。自分が発表する前に読まなかったのが残念です。プレゼンで女子学生のレポートを紹介しましたが、実は私の家ではほぼ反対の事が起こっていました。母の方がマスコミに流されていなかったのです。私はというと無関心派でした。この本を読んで一方的なマスコミの報道に流されないような見方が出来て良かったです。発表後の感想を聞いて、拙い発表だったけれど内容をわかってくれた人もいて嬉しかったです。 山田 私は、日本人が色々なことについて、メディアなどによって左右させられることはあると思っていたけれど、「日本の歴史」について洗脳を受けているとは思ってもいなかったので驚きました。新しい歴史教科書が話題になったとき、私自身が実際に賛成できなかった人間の一人で、そのときはそれが普通だと思っていました。しかし、今回のプレゼンを聞いて、私もすっかり歴史洗脳にかかっていたのかなと思いました。客観的に真実を知ることはできないのか、方法があるといいです。歴史について、中国や韓国のような捻じ曲げたことを教えるのはもちろん間違っていると思いますが、必要以上の自虐の感情を植え付けるのも間違っているのだと思いました。村岡 テレビの報道を見ているとその番組の意見と同じ意見に、いつのまにか自分もなってしまう。それがいくら間違っていようとも、まったく気がつかない。こんなことがよくあります。それはテレビの意見を知らず知らずのうちに刷り込まれていたのだと、気づき、とても怖くなりました。何に対しても自分の知識が浅いため、もっともらしいことを言われると信じてしまうのでしょう。いろんな知識を身につけることによってものごとを多面的にとらえることが大切だと思いました。中林 今回のプレゼンは洗脳ということが書かれていた。私は今までの教育を受けてそれが洗脳とは感じもしなかった。しかし日本人の頭に焼き付いている韓国・中国の見方は、よく考えると洗脳というものだと思った。日本が謝る立場で、過去を償い続けるといった常識がいつの間にか定着している。しかし、私も含めてだが、それについて考えようとする人が少ないと思う。日本人を脱洗脳させるにはこのような本が必要だと思った。永田 『歴史洗脳を解く!』について話し合い、その中でも洗脳という言葉がとても印象に残っています。洗脳されているといわれると、どこか否定されているような気がしました。 でも、メディアからの一方的な情報で物事を捉えていたことは事実です。やはり物事は多面的に考え、そして自分の中でさらに考えることが大切だと思いました。そして、韓国の駅のホームに書かれている絵は哀しい気持ちになりました。子供の頃から反日感情を植え付けられているとなると、子供が成長した10、20年後、日韓関係は今よりも悪化しているのではないでしょうか。 瀬戸 ある特定のメディアや教師からしか知識を得ることができない人間はどうしても知識が偏り、その知識の偏りに気づけない人間は洗脳されやすく、洗脳下にある人間は自らそれに気づくことは難しい。日本のメディアで言えば例えば朝日は左派・大陸系で産経は右派系メディアと言われているが、もし朝日新聞一社しか新聞を取っていない家庭で育てば少なからずそっちよりの思想を持ってしまうだろうし、産経新聞だけ読んで育てば多少なりとも民族意識の強い人間になりうるだろう。 ある特定の思想一色に染められず、正しい情報に基づいた考え方を持つ為には、あらゆることに問題意識を持ち、情報を鵜呑みにせず、正確な知識を蓄え、そのために多角的な分析を怠らず、知識と思想の別を弁える必要があるが、実際にこれを実践するのはかなり大変なことだと思う。特に日本は、第二次大戦で敗戦国となってしまったために、徹底的に「日本が全て悪かった」「連合国側が全て正しかった」というイデオロギーを植えつけられ、現在でも教壇や一部のメディアはその状態から抜け出せないでいる。この状況下では正しい情報を手に入れることすらなかなか難しい。 洗脳されている人間は、自分が洗脳されているとは思っていない。だからこそ、常に自分が間違った情報を信じ込んでいるのではないか、という意識を持って、新しい知識を得るときもそれが本当に正しいものなのかしっかりと確かめ、誰かの借り物の思想ではなく、正しい知識に基づいて自分で導き出した、自分なりの考え方を持つということが大切になってくるのだと思う。間森 今回のプレゼンのプレゼンを聞いて、私も洗脳された教育をうけていたのかもしれないということに気づきました。一生懸命勉強したことが、真実ではないかもしれないと思うと残念です。テレビや本、インターネットなどで様々な情報が流れているので、どれが本当のことが分からなくなっています。自分でしっかり情報を見極めることができないといけないと思いました。伊藤 洗脳されている人は、きっと自分が洗脳されていることに気づきません。洗脳を解く以前に、本人が洗脳されていることに気づくことが重要だと思います。新しい歴史教科書が幅広い支持を受けなかった理由として「無関心」というものがありましたが、確かにあたしもあまりよく知りませんでした。プレゼンを聞いて、新しい歴史教科書を読んでみたいと思いました。歴史認識だけでなく、全ての報道・情報・教育について、聞いたことをそのまま鵜呑みにせず、自分で考えたり確かめたりすることの必要性を感じました。海野 今回は新しい歴史教科書について学んだ。この問題は言葉こそ知っているものの、何が問題で、みんなは何に対して反対したり賛成したりせいているのか全くわからなかったが、班ごとで話し合う中でいろいろわかってきた。実際読んでいないので、何がどうなっているかわからないが、日本に不利な言葉はなくなっているらしい。でもそれは今まで自虐的だった日本人が、愛国心を持つための第一歩ではないだろうか。プレゼンの中で学生と母親の会話のことが挙がっていたが、娘は母が洗脳されていると思い、母は娘が洗脳されていると思ったのだろう。みんなが同じ歴史認識を持つことは難しいと思った。北原 学校で教えられたりテレビでやっていたことが真実だとは限らないとのことだったが、多くの人はそれを信じるしか情報を得る手段がないので、洗脳されないよう生活を送るのは難しいことだと思う。sasaki 新しい歴史教科書についてですが、私はどちらが正しいのか分かりません。私も日本人で信じやすいです。でも、それが間違っていて洗脳されていたと言われても、どちらが正しいのか分からなくなってきます。また、韓国や北朝鮮が日本について悪いイメージを植えつけようとしているということも知りましたが、じゃあ日本は日本で愛国心を強める教え方をしようとしたら、戦前に逆戻りしてしまうと思います。もちろん、外国がどんな教育をしているのか、日本についてどう思っているのかを適切に知るのは大切だと思いますが、それで日本はどうしたら良いのかがわかりません。おそらく、もう過去のことはすでに知られている記録にしか残っていなくて今さらA級戦犯や日本の罪について審議されることはなくこれ以上調べることもできないと思います。どちらの意見が正しいのかは分からないと思います。古い教科書からしたら新しい教科書が洗脳しているというだろうし、切り口によって歴史はいろんな風に見えてくるのだと思います。余計に混乱してしまう可能性もあると思いますが、できたらいろんな角度から見た歴史をこれからの子に学ばせてあげたいです。また、その中で一番伝えなくてはいけないのは誰が悪いのかではなく、戦争をすることが悪いことで二度と戦争など起こらないような、世界中が平和であり続けるこ とが大切だということを伝えることが大事だと思うので、それを教えれたらと思います。崎田 (上記のコメントについて)愛国心について考えていくうちに、もしかしたら、戦後教育やメディアの影響で、愛国心という言葉自体が歪曲され、曖昧さを持つようになり、本来の意味に何か別の偏った情報が作用して、悪いイメージの言葉として認識されている部分があるように思えてきました。そういった誤った言葉の認識が僕の中にもあり、愛国心を強めると言ったことに対して、肯定しにくいような状況を作り出していたんじゃないかと思います。 歴史認識の問題だけではなく、それに付随してくる言葉自体も、洗脳の対象であるということは盲点でした。ですが、これで最後まで疑問として残っていた部分が無くなり、日本人が愛国心を持つことの大切さの真意がようやく理解できたように思えます。愛国心というものは、自分を支えてくれているものを大事にする心であり、日本人が誇りを取り戻し、愛国心を持つということは、自分達の自信や未来を切り開いていく基板なのだと思いました。そういった自分の立ち位置を放棄したり、否定したままであるのならば、それはやはり病的なことだと言えるのだと思います。今の日本と日本人があるのは、過去があってのことですし、戦争などの負の面ばかりを強調しないで、過去の功績や、負の面の別の側面も同じように強調して、良い面に対しても同様に理解を深めるべきです。 また、自分の国のことをわからないだとか、どうしたらいいかわからないと感じたら、それは自分の問題でもあるのだから、しっかりと見つめ、考えていかなければならないことですね。そういったこともできずに、平和を叫んでいても、他の国を尊重したり、理解したりといったことはできないと思うし、自信と責任なくして、これからのことを他の国に毅然とした態度で意見したりはできないと思います。 今後、日本人が自分達の伝統や文化や祖先に対して、再び誇りを持てるようになることを望みます。小川 世論や流行というのも、ある意味洗脳だと思うのですが、世間あるいは世界は完全に洗脳をされていない人間を必要としているのでしょうか。この本によって自分が気付かないうちに洗脳をされているということに気付けられればそれでよかったのでしょうか。ちょっとこの本の狙いとするところがよくわかりませんでした。 本当に洗脳から脱するべき国は韓国だと思いました。我々がマスコミによって親韓だの言ってる間にも韓国は日本に対して悪い感情を持つように教育をされています。平和ボケした日本国民が、仲良くしようとしているところを足をすくわれてしまわないかと不安です。sinya 今回の脱洗脳のプレゼンで、女子学生の話で母親から怪訝な目で見られたとあったが、自分の国の歴史を自虐的に見ることはあまり好ましいこととは思えない。確かに戦争という罪は犯してしまったが、罪は償ったと思うし、もっと自分の国に誇りを持つ国民に日本人はなるべきであると思う。 堀田 私は正直、歴史問題に無関心でマスコミの情報もそのまま真に受けていたため、小泉首相の靖国神社参拝は理解しがたい行動でした。しかし、先日の授業や先生のお話などから日本はもっと自国に誇りを持って守っていかなくてはならないということに気づき、そのためにも参拝はすべきだという考えに変わりました。それと同時にマスコミの流す情報の全てが正しい情報とは限らず、疑うことなく受け入れていては危険であるということにも気づかされました。 おそらく私のようにマスコミの情報を疑うことなく当たり前のように受け入れる人や歴史に無関心の人は多いのではないかと思います。そのような中、日本のマスコミは真実を流すことなく、ただ首相の行動は国益に反する行為でやめるべきだという一方的な報道をするばかりです。日本人の中にはこのようなマスコミの影響によって参拝は対中悪化に繋がって国益を損なうことになるし、やめるべきであると単純に考える人も多いことと思います。謝罪金で解決しようというやり方は、謝罪金自体も国益の損失でありますし、あくまで一時的な解決でしかないと思います。今のままでは中国になめられ中国の思うままになってしまうと思います。そのためにはやはり日本人が真実を知って考え方を変える必要があると思います。 私達が真実を知るにはやはり莫大な影響力のあるマスコミに真実を伝えてもらうことが一番であると思います。しかし、メールにも書かれていたように中国に不利な報道は規制するという協定も結ばれているようなので、私達日本人は、マスコミが流す情報には圧力がかけられ誰かによって操られていることもあり、そのまま真に受けては危険だということ、中国に関しては報道の規制があるということを理解することで、マスコミを通して中国に操られることは防げるのではないかと思います。 私自身そのような背景があったことを知りませんでした。これからは中国であり、中国進出すべきだというような情報も中国を発展させるための戦略であったことも初めて知りました。他にも中国は日本の参拝反対派議員を呼び、日本の政策を変更させるように仕向けたり、日本を従属させる外交戦略を採っているということも初めて知り、このままでは中国の思うままに操られてしまうという危機感を感じました。山本氏の指摘するように、日本の政治家に歴史観や見識がなく、他国のことばかり気にして日本のことを第二に考えてると振り回されかねないし、最悪日本の存在も危うくなると思います。客観的に考えてみると中国の行為は弱みにつけてお金を巻き上げる暴力団と同じであり、国を挙げてのイジメとも取れると思います。やはり日本は自国のことを第一に考えるべきで中国に対して強気の姿勢で行くべきであると改めて感じました。大石 中国は人口がけたはずれに多く、「世界第3位の軍事費を使い、ミサイル増強と潜水艦増強を行っている。それらは主に日本と台湾に向けられている。」など脅威だと言うことは数字的にも一目瞭然なのに、なぜ政治家たちはいつまでもいつまでも「諸外国に配慮して、靖国神社参拝の廃止」を訴えているのだろうか。20歳の学生でも少し勉強すればそのくらいのことはわかるのになぜ中国に対して下出に出るのか。それは一つしかない。政治家が個人の利益を追求しているからだろう。 国益を考えたら、小泉首相に公的に靖国神社を参拝してもらって、中韓北の多大な怒りを買っても、毅然と振舞うことが大切である。そのためには多少の軍事力を持つことも必要になるかもしれないが。日本という国の偉大さや経済規模の多きさや、まだまだ中国なんかには負けないぞと見せつければいい。こんなに日本はなめられているのに誰も怒りを感じていないのは、やはり日本人には愛国心などないと言える。報道されていないからかもしれないが、報道されたからってブラウン管の向こうのお話‥となるだろう。こんなにも日本がやるべきことははっきりしているのに、政治家もマスコミもばかだなあと思う。北原 今までの考えではダメなのだということがわかりました。この論説も中国の反日教育、それが将来招く恐ろしい未来を指摘しています。そしてその中国へ対する日本政府の対応が間違っていることも書かれています。 このような政府を作ってしまった原因はわかりません。中国政府かもしれないですし、中国政府の手先のような日本の政治家かもしれません。しかし、歴史の事実を自分の目で確かめ物事を考えようとしない一般の人、つまり世論もその原因になっていると私は思います。ただテレビから流される情報だけで、自分の意見が流されてしまっているように思います。つい最近まで私自身もその中の一人だったと思います。そのように洗脳されてしまっている世論を目覚めさせるようなことは非常に難しいと思いますが、今までのようにそれをただ問題だと言っているだけでは何の解決にもならないと思います。解決策があるのか、また果たしてそれが良い方向へ向かっていくのかはわからないですが、まず日本政府は具体的な行動を取ることが重要なのではないかと感じました。 前原 # by darmouse2 | 2005-06-29 06:03
情報社会学 6/22
プレゼンをしてみて、著者の気持ちで本の紹介をするというのは、簡単なようで意外と難しいということを感じました。単純に要約しようと思っていたのですが、ついつい自分の気持ちが入ってしまい興味のあるところが強く印象に残ってしまう為、著者が一番言いたいところを見失いがちになってしまいました。また、本当に著者の気持ちを理解していないのに、それを伝えようとするのは無理だと反省しました。本を読み終えての感想ですが、康次郎の「儲かる商売は刑務所の門ギリギリのところまでいく。その門に近づかなくては儲からないし、門をくぐっててしまえば終わる」という言葉が忘れられません。自分の分身をつくるかのように康次郎から厳しい教育を受けた義明は、最後の最後で父・康次郎にはなれなかったという寂しさを著者から感じました。 保崎 今回のプレゼンはよくまとまっていて見やすかった。堤義明は結果として捕まっているので西部グループの経営方法は間違っていたことになるが、それでも違法にならない部分の経営能力もとても優れている。私たちは経営情報学部として西部グループの栄光と衰退から多くのものを学び取らなくてはならないと思った。また、普通の家庭に生まれて、いっぱい友達を作って、自由に遊んだり勉強したりするということはとても幸せなことだと思った。それにしても、堤義明のことを知らない人が多くいてとても驚いた。北原 今回のプレゼンを聞き、本の題名の通り、私も淋しく感じた。堤義明は父の教えを守り行動した結果、地位、権力、莫大な富、などの沢山のものを得た。しかし、その代わりに非常に沢山のものを失った。そして、その莫大な富を維持し続けるために、犯罪までも犯した。彼は一体何を欲していたのだろうか。父から叩き込まれた帝王学の教えが、権力や富を得るためのものであり、それを堤義明が心から信じていたとするなら、それは非常に悲しいことだと思う。今回の事例は幸せを履き違えたために起こったものだと思った。村岡- 恥ずかしながらプレゼンを聞くまで、堤義明氏のことをよく知りませんでした。この義明氏の人生から私達は何を得ていけばよいのでしょうか。親に敷かれたレールに沿った経営を行って、経営のカリスマと呼ばれていた訳ですが、義明氏はそのことに関してはどう感じていたのでしょうか。私見ですが、この堤さんという人は自分の人生を愁いていたように思えます。以前、会社の寿命は平均で30年と聞いたことがあるのですが、同じ理念のもとに経営していくだけでは、会社というものは腐敗したり、時代の流れに置いていかれてしまうものなのでしょうか。小川 「友達を作るな」と父親に教えられ、その通りに生きてきた堤義明には相談する相手もいなかったろうしする気もなかったのではないか。その結果時代の流れについていくことができずに最後には落ちぶれてしまう。やはりかたよった生き方をしているとうまくいく時期はあっても長くは続かないということだと思う。佐々木 堤義明というカリスマは親の分身であると思いました。親の帝国教育のためカリスマとよばれるようになった、帝国教育というものがどのようなものかは詳しく分からないが、今では考えられないと思いました。そのような教育を受けさせられてきた少年時代の堤義明は何を考えていたのだろうか。その時代の我慢が大人になってから悪い方向に向いたかもしれない。友達を作ることが許されていれば違った結果になったと思う。しかし、そうであったらカリスマではなかったであろう。 塩野 > 堤義明氏についてのプレゼンを聞いて、「究極の節税システム」など会社経営が上手だったのだなぁと思いましたが、どうやら有価証券報告書の虚偽記載を数十年前からやっていたようです。巨万の富を築き、何もかもうまくいっているように見せかけていた背景に何があったのかが、全てではないにせよ暴かれていくのだと思います。そうまでして守りたかったもの、自分の威信、父親から譲られた会社が崩れてきている今、堤氏は何を思っているのか知りたいです。良くも悪くも私が一生関わることのないだろう世界で生きてきて、結局のところ幸せだったのだろうか、とふと疑問に思いました。海野 今回のプレゼンを聞いて、はじめ時代の変化というのは怖いと思いました。堤氏は時代の流れを読み、自分の経営方針を完璧だと思っていたにもかかわらず、転落してしまったからです。しかし、班の話し合いの中で本当の原因は内部告発だと聞きました。プレゼンをきくかぎりとても頭のいい人だと思うのに、悪いことをしてしまうのは、小さいころの徹底した教育方針にも問題があったのではないかと思います。やはりコミュニケーションをとることは大事で友達からはいろいろ得られることがあるので、多くの人と接することで悪いことをする人も減ると私は思うからです。北村 今回は、「淋しきカリスマ 堤義明」というプレゼンでした。同じ班になった石井さんが、堤義明氏のことを詳しく知っていて、いろいろなことを教えてくださったのでので、とても勉強になりました。堤義明氏は、時代の流れを読めなくなってしまい会社の経営がうまくいかなくなってしまったそうです。最近は、インターネットの普及などで情報が素早く行き交うようになっています。やはり、現在の経営者は時代の流れを瞬時に予測できる能力がないといけないと感じました。カリスマであったのに、節税法といって法律違反をして逮捕されてしまいました。カリスマという地位がいっきになくなってしまった気がします 伊藤 「淋しきカリスマ 堤義明」を聞いた。今回のプレゼンは知っていることばかりだった。父は一代で財を築き、義明もそれを10年つらぬき通した。時代を先取り、そのときにあった経営をしたことは、とても素晴らしい。しかし、義明は末っ子だけあり、父の真似をし、いいとこどりをするだけの才能しかなかったのかもしれない。 伊藤治奈 罪を犯して大きくしてきた企業がいつか終わってしまうことは明らかなことです。それがどうしてここまで大きくなれたのでしょうか。昔はそういう時代だったのでしょうか。 上場した企業で、鉄道のような公共の仕事をしている企業が自己中心的な経営をしていることは確かにおかしいと思います。しかし、もし組織的に経営をしていたのなら、今のような没落はなかったのでしょうか。北村 今回は西武グループの堤氏に関するプレゼンであったが、幼少期の父親から帝王学を学び、父親のあとを継いで西武グループをついだが、常に父親の影に怯えていたとニュースで見たことがある。父親の影響や兄の西友の失敗など同情する点は確かにあるが、持ち株を 虚偽記載などの罪を犯してしまった理由にはならない。 堀田 私は堤義明という人を知りませんでした。少し前に逮捕されたり、ニュースによく出ていたそうで、少し勉強不足だと思いました。父堤康次郎もカリスマでその厳しい教育にも従ってどんどん成長していったのに今の時代の流れは読めなかったそうですが、もちろん彼の実力は相当あったと思いますが、やはり父のおかげもあったと思います。 父に10年待てと言われて待ったこともそうだし、だから今の時代は読めなかったのかなとも思いました。でも、昔のことがよく分かっていないからかもしれませんがもしかしたら今の時代の流れがとても速いので読むことが難しいのかもしれません。しかも経営者という立場もあるので、とても大変だったんだと思います。崎田 今回のプレゼンを聞いて、はじめ時代の変化というのは怖いと思いました。堤氏は時代の流れを読み、自分の経営方針を完璧だと思っていたにもかかわらず、転落してしまったからです。しかし、班の話し合いの中で本当の原因は内部告発だと聞きました。プレゼンをきくかぎりとても頭のいい人だと思うのに、悪いことをしてしまうのは、小さいころの徹底した教育方針にも問題があったのではないかと思います。やはりコミュニケーションをとることは大事で友達からはいろいろ得られることがあるので、多くの人と接することで悪いことをする人も減ると私は思うからです。北村 堤氏のこれまでの人生は、私たちの人生とはかなり違いがあります。堤氏は生まれながらにそういう家柄であり、当たり前のように経営者としての教育を受けてきました。私たちからすれば、堤氏が受けてきた教育には問題があるように思ってしまうのですが、実際その教育を受けてきた堤氏は自分が受けた教育が当たり前だと思っているはずです。これが堤氏の運命なのかなと思いました。今日、堤氏だけでなく、多くの経営者が活躍したり敗退していったりしています。時代の流れの早さと、時代の不安定さを感じました。人間にとって正義感とモラルはとても大切なものであると思います。そういったことを堤氏は教わるべきであったと思います。 瀬戸 # by darmouse2 | 2005-06-24 21:28
授業時間の30分間、金融機関内定者による、就職活動トークセッションをおこなった。以下、出席者の感想である。
●私自身も就職活動を終えたばかりなので、二人の話を聞いて共感できる点がありました。就職活動は精神的に重い部分もありましたが、企業研究をすることで今まで気づかなかった新しい発見があったり、自分自身を見つめ直すことができる大変貴重な時期であると思います。一年前には見えていなかった将来の方向性を自分で決めることができ、就職活動というこの経験は今後の励みにもなるであろうと感じます。これから就職活動を始める後輩の皆さんにはためになる話でいい機会であったと思います。 加藤 ●先輩方の話をきかせてもらって、とても勉強になりました。女性は、事務職などに集まりやすいから大変だ、と聞いて少し不安になり、これからしっかりやっていかなくてはと思いました。今は、学校名で採用を決めないとは言われますが、やはりまだ学歴重視という風潮が残っているのだと感じました。今回は金融関係の話でしたが、他の業種の方々の話も聞いてみたいと思いました。 山田 ●私も就職活動をしているのですが、人がどのように就職活動をしているのかを、知る機会がないのでとても良い勉強になりまして。二人とも希望の会社に内定が決まったと言う事なのですが、二人の話を聞いていて、二人ともかなり早くから就職活動を意識していたという共通点がありました。わたしはとてものんびりしていて春くらいから活動を始めたので、そこが一番の反省点です。この話を聞いていた3年生には周りよりも早くから就職活動を始めて欲しいと思います。中林 ●いよいよ、就職の時期が近づいてきた感じがしました。今回話をしてくださった先輩はゼミが同じで、前に一回就職の話をうかがったことがあります。ちょうどそのときは、静銀の面接を終えたばかりで、その話をしてくださいました。印象に残っているのが、「面接ではいかに面接官を笑わせるか、その反応をうかがいながら面接をしている」と言っていたことです。先輩はとてもまじめな方で、しっかりと何事にも取り組んでいますが、その一方で、ゼミの活動中も面白いことをいったり、場を盛り上げようとしてくれます。今回のお話でも、おばちゃんとフレンドリーになったことなど少し笑いを交えながらも、とても参考になるお話をしてくださいました。先輩の人柄が十分に出ていると思いました。「就職は自分と企業との相性もある」と言っていましたが、そのためには自分をいかに表現するかがポイントだと思います。また、コミュニケーションの大切さも実感しました。人とたくさんふれあうことで自分を大きくしていき、その中で自分を見つめなおしていけたら、それが一番個性を活かし、満足できる将来を獲得できるのではないかと思いました。今日から就職モードです。 瀬戸 ●この間の就職体験会とてもよい勉強になりました。仕事を見つけること自体が厳しくなっている今の日本、自分にぴったりする仕事と自分が受かる仕事は必ず一致することが保障できかねます。ゼミ活動の一環としてテクノサイドの人事担当者のインタビューと宮松さん、前原さんなどによる就職決まり手の体験談はありました。就職を考えていない私にとっても非常にプラスとなりました。その理由は主に以下でございます。 1就職は人生のキャリアの一段階としてほとんどの人が経験するものと考えてもよいでしょう。(家庭主婦/夫も職業として含まれる) 2就職する前の所謂“自分探し”は就職に限らず、進学や人間関係などにとっても重要である。企業の人的資産になれれば企業はリスクを持って買ってもらえるし、研究成果を齎せば先生は学生を受け入れられるし、自分が光っているところがあればあるほど周り人が集まりやすくなるということではないかと思います。 チエ ●今現在私が就職活動を続けているということもあり、共感する意見も多くありました。その中でも「就職活動を楽しむ」という考え方は私が常に意識していることだっ たので、これから就職活動をする人たちにも参考にしてもらいたいと思いました。 就職活動に何を求めるかは人それぞれだと思いますが、数ヶ月間の就活期間がただ辛いだけなんて人がいるとしたら、とてももったいないと思います。せっかく将来のことを考え、自分を磨く機会なので、楽しまないと絶対損です。 就活では会社の社長から話を聞く機会が沢山あります。また社長に限らず、社会に出て働いている人の話は非常に参考になります。話す内容、話し方、文章の組み立て方など、学生と社会人の違いが明白に表れます。恐らくほとんどの人が、「自分はもっと成長しなくてはならない」と感じるのではないでしょうか。 そんな中で面接などがあり、自分自身の内面を深く考えるようになります。自分は今まで、どんな場面でどんな行動をしてきたのか。その背景にはどんな考え方があったのか。自分はどんな人間なのか。これからどのような人生を送りたいのか。そのためにどんな仕事をしたいか。 沢山の社会人の話を聞きながら、その人と自分とのギャップを埋めるためにどうすればいいかを考えるのが「就職活動」というものだと思います。 学生時代において、これほど自己啓発につながるイベントは他にないと思うので、これから就職活動をする人達は、とにかく就活に楽しみを見出して頑張ってほしいです。村岡 ●話の中でも特に印象的だったのが、小論文の問題がわからず、素直にわかりませんと書いたところ採用されたという話です。自分を偽ることなく、ありのままを伝えたことが好印象になったのではないでしょうか。いま自分も公務員試験の勉強に取り組んでいるので、一層勉強に力を行きたいたいです。堀田 ●3年生になって就職というものを考えることが多くなった。つい最近まで自分の中で夢といものがあったが、親と話をして自分が進みたい道が難しいことが分かった。現在では自分が何をやりたいのか分からない状態で、まず就職より自分に向いた仕事を考えなければいけないと思った。先輩の話を聞いて、就職活動に対する印象が変わった。話も聞きやすく分かりやすかったし、アドバイスも心に残った。まずは日経新聞を読もうと思った。永田 ●先輩の話を聞いて就職活動、面接に必要なのは「馴れ」だと思いました。たくさん面接を受けて場馴れして面接官の質問にきちんと答えられるようになることです。また、前原さんが言ってたように、面接の時や試験の時、わからないことがあったら素直にわからないと答えることも大事だと思いました。特に面接時、面接官は自分たちの能力を見ているのではなく、人間性を見ていると思うので、素直に答えるほうが印象がいいと思います。それより一番大事なことは就職活動を楽しむことだと言っていたので、自分もこれから楽しんでいきたいとおもいました。山下 ●内定座談会の感想です。先輩たちのお話を聞くことができてとても参考になりました。私は、どのような職業に就きたいかまだ分かりませんが、凛とした女性になれそうなところに就職したいです。 先輩たちの就職活動の就職活動のお話を聞くことができてとてもよかったです。「就職活動」というと、なんとなく良いイメージはなく、悪いイメージばかりでした。しかし、先輩たちは「精神的に嫌なこともあったけれど就職活動を楽しんだ」とおっしゃっていたことにとても驚きました。また、二人とも前向きであるなという印象を受けました。きっと、何事にも前向きにとらえるということが就職活動で成功するポイントのひとつになるのではないかと思いました。私が、就職活動をして嫌なことがあったとき、先輩たちがおっしゃっていたように前向きな気持ちや自分らしさを忘れずにという言葉を思い出して目標に向かってがんばりたいです。伊藤 ●今まで身近にこういった話を聞かせて頂く機会が無かったので、話の一つ一つがとても参考になりました。「人事を尽くして天命を待つ」、少し意味はそれますが、悩んで何もしないよりは、できることから何かをしていく事が一番大切なのだと改めて思いました。私は、高校が商業高校だったので、これまで検定試験の取得など就職を念頭に入れたような事を主にやってきたのですが、最近はそういった表面的な事よりも、就職をするにあたってもっと大切な事がある事を感じさせられるような場面が多くなってきました。そういった中でこれまで考えていた、自分は今何をすべきなのか、どう就職活動と向かい合って行くべきなのかという事が、話を聞く事でこれまでより鮮明になったような気がします。人によって就職観はそれぞれだと思うのですが、自分の力で一歩を踏み出して行く事が総じて大事な事なのだと話の中から感じ取りました。小川 ●就職活動の話は情報デザインでも聞く機会があり、すごく良かったです。他の内定をもらった先輩にもいろんな話を聞きたいです。辛いことが多いかもしれませんが、就活を楽しめるようになったらいいなと思います。大学4年間でなにをやってきたのかしっかりとアピールできるような生活をしていきたいです。井出 ●就職活動というのがどんなものなのか、はっきりとしたイメージが持てないでいたので、今回のお二人のお話はとても参考になった。また、大事なのは大学時代に何をしたかではなく、そこから何を学び取り、それを仕事にどう生かせるのか、という話にはとても考えさせられるものがあった。今自分はまだ民間企業に就職するか公務員試験合格を目指すかまだ迷っている段階で、何十社も回るかどうか決まっていないが、これから約半年の間にできる限りの準備はしておこうと思う。 間森 ●まだ私は就職活動を初めていません。でも先輩の話を聞いて先手先手が重要だと聞きました。 女の人は就職に不利だとも聞きましたが就職に関する情報をどんどん集めて就職活動に生かしていこうと思います。来週に就職ガイダンスが行われるそうなので、まずはこれに行って就職活動に備えようと思います。崎田 # by darmouse2 | 2005-06-15 09:01
小島ゼミ(6月10日)
「正論」6月号に、帝京平成大学教授の米田健三氏が凛とした日本人女性について寄稿している。この女性は、1946年、元フィリピン派遣軍総司令官本間雅晴陸軍中将の妻富士子(当時、42歳)である。富士子は夫の命乞いではなく、日本の誇りを示すために、マニラに向かった。そして戦勝国アメリカによって仕切られた復讐劇裁判の最終証人として、出頭し、和服姿で、終始、理知的な表情を崩すことなく、毅然と証言を続けた。最後、しっかりと顔をあげ、次のように述べた。 「私は東京からここへ参りました。私は今も本間雅晴の妻であることを誇りに思っております。私には娘がひとりおります。いつの日か、娘が私の夫、本間雅晴のような男性とめぐり会い、結婚することを、心から願っております。本間雅晴とはそのような人でございます。」 法廷からはすすり泣きの声があがり、米軍検察官のなかにも感動のあまり涙をぬぐうものもいた。 夫人が帰国して間もなく、本間中将は銃殺刑となった。後に、マッカーサーが夫人に「何でも不自由なことがあれば遠慮なく申し出て欲しい」と言ったのに対し、富士子は申し出を辞退した。 以下、この論文を読んだゼミ生(3年女子学生、中国人留学生ふくむ)の感想である。 ●この内容を読んで、富士子婦人から「日本の女性のあるべき姿」というものを学んだ気がしました。日本の家庭婦人として面目を少しも傷つけないように、凛として法廷に臨む姿にとてもひきつけられました。富士子婦人の凛とした立ち振る舞いによってフィリピン人だけでなく世界の人々に、日本人女性に対する印象がとてもよいものになったのではないかと思います。 戦後の時代に、普通の家庭の主婦が外国に行ってこのような振る舞いをすることは、とても勇気がいることだったと思います。富士子婦人はそれをあっさり行ってしまったのだから、私も現代の女性として凛とした立ち振る舞いをしなければいけないという気持ちになりました。立ち振る舞いによって、相手によい印象を与えたり悪い印象を与えたりします。これから、プレゼンや面接など人前に出て立ち振る舞うことが多くなります。そんなときは、富士子婦人のことを思い出したいと思います。 夫が戦犯として捕らえられていても、夫を愛する気持ちや尊敬の気持ちがとても高いということを知りとても感動しました。私は夫婦になると、少しずつ愛情や尊敬の気持ちが薄れてしまうのだろうと思っていたのでけれど、本間夫婦のように強い絆で結ばれている夫婦がいたということを知り、結婚したらこのような夫婦のようになりたいなと思いました。 本間夫婦のようになるためには、富士子夫人のように良き妻、良き母であることに全力を尽くすことはもちろんのこと、夫のことを尊敬する気持ちや夫をたてることを失わない女性でなければいけないと思いました。これらのことは、現在の日本人女性にとって欠けている部分なのかもしれません。本間中将も、男として魅力があり男らしい人であると思いました。 妻として夫に対して誇りを持ち、娘にも夫と同じような男性と結婚してほしいと思えるような男性と結婚したいなと思いました。伊藤 ●本間雅晴中将夫人の話を読み、私はなんとなくイラクで銃撃を受けて死亡したフリージャーナリスト橋田信介さんの妻幸子さんを思い浮かべた。この二人の共通するする点は、人の前では泣かなかったこと、平静を装い続けたこと、夫の夢や仕事を理解したこと、夫を信じたこと、夫を愛し、愛されたこと‥まだまだいろいろあると思うが、凛とした女性というのは正しくこういう女性のことを言うのだろうと思う。そして二人とも、自分の利益ではなく日本女性名に恥じぬよう、または夫の名に恥じぬよう日本とイラクをつなぐ架け橋として、日本という大きなものを背負っているというところがまたかっこいい。昔の日本女性は夫にたて、夫より一歩下がって、良き妻、良き母であることに全力を尽くす人がたくさんいた。それでいて夫のことを支えてい た。こんなことを言えば今の社会では男女差別であると大問題になってしまうかもしれないが、日本のそういう昔の姿はとても美しい。現在の男も女も全部一緒にしようとする教育はやはり間違っていると思った。 北原 ●プリントを読んで凛とした女性というのは、見た目だけでなく自分の意思をしっかり持った、いかなるときも堂々と立ち振る舞える女性らしい女性のことかと感じた。私は女子高で、高校の文化祭のとき、高校のイメージを一文字で表そうとして、決定したのがこの凛という字でした。そのときは、意味もわからず深く考えませんでしたが、女子高として大和撫子を目指す私の高校にはぴったりであったように思います。現在は態度、言葉もくずれ、凛とした女性は本当に少ないとおもいます。凛とした女性はその態度、言動ともに人目を引きますし、憧れであると思います。自分がよければいいのではなく、視野を広く持ち、今までの言動を振り返り、自分なりに意識してこれから時間をかけてでも、いかなる時も堂々と、心の強い女性になりたいと思います。北村 ●第二次世界大戦はすでに半世紀を経っていました。戦争を経験していない世代は私を含め、知らない若者が意外に沢山あります。凛とした日本人女性を知るために何回も読みました。私が一番感動したのは以下のことです。 フィリピンでの裁判では本間雅晴中将夫人が法廷でこう証言しました。 「私は今も本間雅晴の妻であることを誇りに思っております。私には娘がひとりおります。いつの日か、娘が私の夫、本間雅晴のような男性と巡り会い、結婚することを、心から願っております」本間雅晴は素晴らしい人であることこそ、娘を嫁がせる場合には、本間のような男性を選ばせるということでしょう。本間雅晴は無罪ということを直接に出張せず、間接に本間雅晴の人脈を明らかにしたところは彼女の賢いところだと思います。本間雅晴の妻の名前さえ分からないが、彼女の立場から考えると、本間雅晴の妻として、子供の母親として責任を尽くしたでしょう。 チエ ●「凛としている」とは、「態度や姿などが凛々しくひきしまっている」ことを言うのだと思うのですが、本間夫人のお話を読んで、それは今まで生きてきて経験したことや、その人が背負っているものからにじみ出てくるものなのではないかと感じました。歳相応の人間であることはもちろんですが、もっと理知的で凛とした人間になりたいです。子供の良いところ、大人の良いところの両方を併せ持った人間でありたいと思いました。本間夫人は軍人の妻という立場で戦争を経験し、裁判では日本女性の面目を背負っていて、今の日本人からは想像もできないような人生だったと思いますが、本間中将と出会い、結婚生活を送ることができて幸せだったのではないでしょうか。海野 ●富士子夫人のお話を読んで、本当に凛とした女性というのは、精神的に強くて、 真直ぐで、信念を持っている人のことなのだと感じました。裁判の証言でも、日本女性の代表として証言していて、この人は日本女性であることに誇りを持っているのだろうと強く感じました。圧倒的に日本が不利で、形式ばかりの裁判であるのに、アメリカの検察官を泣かせた富士子夫人の言葉には、夫を心から信じている気持ちが溢れているように思いました。また、後にマッカーサーの申し出を断ったというところで、きっと本間中将と富士子夫人は、中将が亡くなっても強い絆で結ばれていて、夫人は亡くなるまで凛とした女性でいたのだと思いました。豊かな経験と知識を持って、信念のままに生きることの美しさを学びました。村岡 ●凛とした」その言葉を聴いて、まず思い浮かんだことは、「りりしい」「芯のある大和撫子」と思いました。写真を見て、和服を着、まっすぐ前を見ている夫人を見たとき、やはりそんなものなのかなと、感じました。本間さん自身が文化人で、いろいろな知識を持っている人で、だからそれに付き合える夫人も世の中のことを知っていて、進んだ人だから「凛とした」という言葉も似合うのだと思います。自身の結婚した人を、家庭のこと・世の中のこと、さまざまなことを話し合っているなというのを感じました。だから、お互いのことを理解し、信頼しあっているのだと思います。今の家庭では、そんなことは少なくなっているのかもしれません。この夫婦は、きっと夫婦・人としての理想なのだと思います。伊藤 # by darmouse2 | 2005-06-10 06:22
プレゼンテーマ:呉善花著「『反日・親北』韓国の暴走」(小学館)
●日本では韓流ブームばかりが取り上げられる中、韓国で反日、親北運動が広がっているとのがとても怖い思えた。呉さんは韓国人でありながら、この恐ろしい実態をバッシング覚悟で取り上げていてすごい人だ。わたしはこの本のことを知らなければこんな実態を知らなかった。もっと多くの人にこの本を呼んで現状を知ってもらいたいと思った。 中林 ●『「反日・親北」韓国の暴走』を聞いた。歴史・教科書・竹島・領海侵犯、今、韓国と日本はいろいろなことで対立している。というより、やはり日本がなめられているのではと感じる。文化面の交流は続けていきたいといっている韓国に、いいように使われている。韓国の経済発展のため、反日を利用しての国家・民族の統一に日本が協力することはない。今まですべてのことをお金で解決してきた日本は、やはり外交は上手くない。伊藤 ●今現在、韓流ブームや文化開放などによって民間レベルの交流は好調なものの、日本と韓国の政府間には様々な問題が山積みになっている。例えば竹島問題や歴史教科書問題、つい最近では日本のEEZを侵犯した韓国漁船が、結局韓国EEに逃れ、わずか数時間程度の取調べの後無罪放免で釈放される、という信じられないような事件まで起きた。これらを見ると、ワールドカップの共同開催などで近づいていた距離が、昔のような「近くて遠い国」に戻りつつあるように思える。多くの日本人は韓国という国について、あまりにも知らなさ過ぎる面があると思う。もしくは、韓国の良い面ばかりを見、悪い面、例えば日本国内の製品をパクりまくっているとか、平気で過去の問題に関する資料を捏造するとか、殺人・レイプなどの凶悪犯罪率が日本の数倍から数十倍もあるとか、そういう部分を知ろうとしない。相手の悪い面をけなすより良い面を褒めよう、という日本人の気質はとても素晴らしいと思うが、相手の本質を正しく理解しようと思うなら、まず相手の光と闇の両方を知るべきだと思う。その上で、一人の日本人として韓国との付き合い方を考えるべきだ。もちろん全ての韓国人がそうであるとは限らない、という前提を踏まえた上で。間森 ●私にとって北朝鮮というと独裁体制で人民を苦しめ、わが国には拉致をしたり領海侵犯を犯したり、まるでいいイメージがありません。それが韓国は同じ民族だからといって親しくしようとしていることが意外でした。日本以上に韓国のほうが北朝鮮を脅威にしていると思っていました。日・米・韓での北朝鮮への経済封鎖というのは可能なのでしょうか。核を持った北朝鮮を追い込むことは危険なのではないでしょうか。また、韓国の中では反米的意見の人もいるようです。日本は経済的には大きな力を持っているはずなのになぜいつも米だったり北朝鮮だったり周りの出方を伺いながら、弱気なのでしょうか。北村 ●最近は韓国ブームで、日本人が韓国の文化を知ることが多くなってきた。この本を知るまで、私は韓国がここまで日本を嫌っていることを知らなかった。また北朝鮮との関係が良くなってきたことも知らなかった。少しショックを受ける部分もあるが、個人的にそこまで関心がない。日本が何をしても、過去の歴史は変わらないし、中国や韓国の人々の反日感情は変わらないと思う。しかし韓国と北朝鮮の手を結ばせてはいけないと思う。そのためなら、韓国との交友関係をよくすることは必要であるし、日本の文化、人間性を韓国の国民にもっと知ってもらう必要があると思う。国同士の政治的な問題も大切だが、韓国国民一人一人が日本に対する考え方を変えていくことはもっと大切であると思う。永田 ●「反日・親北」韓国の暴走ということで、今回は韓国について考えてみました。韓国は「近くて遠い国」といわれていた国だけれど、日韓共同のワールドカップや韓流ブームによって日本と韓国は仲良くなりつつあるのではないかと思っていました。しかし、最近は竹島問題や反日デモによって再び険悪な感じになっています。韓国が北朝鮮や中国と力を合わせてしまうと日本は孤立してしまいます。日本は、一国では何もできない気がするのでこのようになることはさけてほしいと思います。私は、韓国と日本の関係のことを今まで考えたことがありませんでした。日本の若い人たちにも日本と韓国の関係について興味をもってもらい、考える機会を与えた方が良い気がしました。伊藤 ●今回のプレゼンは、韓国が反日親北になっているというものであった。W杯最終予選でも北朝鮮を応援する韓国の人々の映像がニュースで流れていた。たしかに同じ民族である北朝鮮に好意を持つのは仕方のない事と思うが、現在の北朝鮮は核を保有し、金正日という 独裁者が君臨する危険な国である。金正日体制を一刻もはやく崩し、北朝鮮国民が平和な日々が送れるように日本・韓国と協力していかなければいけないと感じた。 堀田 ●韓国の反日・親北というのが今日のテーマであったが、私は韓国の一連の行動はすべて日本に責任があると思いました。第二次世界大戦後、日本は一度たりとも韓国に謝罪をしていないというのが悪いと思います。現代の日本人は日本は韓国に謝っているのに、韓国はいまだに日本に謝罪を求めていると思っています。しかし戦後日本は歴代の首相が個人的に謝っただけで、国としては謝っていません。韓国国民に伝えなければなりもせん。私がかんがえるに日本が韓国に謝るというのは、まずきちんとした大使(外務大臣)をその韓国に送り、これから私たちの首相が謝罪に行きますということわりを言ってから、大々的に韓国メディアの前、公衆の前で、韓国語で謝り、それから条約を結ぶべきだと思います。そう考えると、竹島問題などは日本が譲歩すべきだと思います。竹島は日本のもので勧告が横取りをしているとか、謝罪しろと言い続けている韓国はしつこいなどといっている日本人を私は恥ずかしく思います。山下 ●今回は韓国の反日と親北の動きについて勉強した。東南アジア諸国は親日的だというけれど、隣国の三国、北朝鮮、韓国、中国が反日感情を高めているのはとても怖いこと。やはり日本はアジアという枠を超えて自国を世界にアピールしていかないと、いつかこの三国にのまれてしまうと思う。著者が言うとおり、アメリカの手を放してはいけないし、米軍基地をなくしたいとか何とか言っても、やはり日本という武力を持たないこの小さい国は今の段階ではアメリカに頼るしか道はないと思う。この本からはそんな印象を受けたが、韓国に留学していた先輩の話はとても面白くて、韓国に行ってみたいと思った。韓国に実際いたら、私たちと同世代の人たちには反日感情は見られないというし、日本のアイドルが韓国でも人気があるというのは聞いたことがある。韓流ブームで、日本人が韓国に留学して学んだりすることは、これからの日韓関係においてとてもいいことだと思った。北原 ●今、韓流ブームと言われていて、韓国に行く人も多いため、たくさんの日本人が韓国でお金を使っていることと思います。一方で、竹島問題などもあり、韓国の日本に対する姿勢は厳しくなっているのに日本の経済力だけが韓国に渡ってしまっているのは個人的に納得がいきません。だから、ぜひ韓国の人たちにもっと日本へひいては静岡へ来てもらってお互いにお金を落としてもらえればいいと思います。そうすれば甘い考えかもしれませんが韓国の人たちが日本にマイナスなイメージをもっていたとしても解消されていくんじゃないかなと思います。山田 ●韓国が北朝鮮側につくと、日本はアジアで孤立してしまいます。日本はアメリカと手を離してはいけない、アジアでは仲良くしなくてもいい、世界中に目を向けると仲間はたくさんいる、と日本はどうしたらいいのか先生が話してくれました。では、私たち日本人はなにをするべきなんだろう…国際問題を考えたときいつもそう思います。国同士の問題を解決することはできないかもしれないけれど、個人的のコミュニケーションを大事にしなくてはいけないと思います。井出 ●反日政策の裏側で北朝鮮への傾斜を強める盧武鉉政権に警鐘を鳴らし、日韓両国の進む道を探る「『反日・親北』韓国の暴走」(小学館)を三月に出版した後、韓国の全国紙である韓国日報が同書の要旨を紹介する記事を呉さんの顔写真とともに掲載、同時に読者の声を募集した。読者の声は次のようなものだった。 「あの女を拉致してすさまじい拷問を与えるべきだ」「呉善花、この野郎をつかまえて市庁舎前広場で公開処刑しよう!」 「公を担う新聞社のサイトで、このような罵詈雑言(ばりぞうごん)がそのまま掲載されるとは驚きです。本来冷静であるべきメディアが国民をあおっているとしか思えません」と呉さんは憤る。http://k-mokuson.at.webry.info/200504/article_2.html(2005/06/04) 呉さんは韓国では売国奴とされることの原因は彼女は事実を書き続けているためでしょう。呉さんの勇気に感動しました。政治のことをよく分からないが、北朝鮮は核兵器を放棄しない限り(北朝鮮はNPTから脱退していた2003)、韓国は北朝鮮についていくことは、日本だけではならず、アジア諸国にとっても危険なことだと思います。 チエ 呉 善花 韓国はいつの日か「靖国」を理解できるのか? 民族国家としての姿がみえない戦後日本、「敗戦後遺症」が要らざる邪推を招いている ●「民族国家」としての姿がみえない戦後日本 ●「違憲論」が理解していない神社参拝の性格 ・公式参拝反対論者の多くは、この「政教分離」問題にさらに「A級戦犯合祀」の問題を重ねていって、問題の本質があたかも「侵略戦争の容認」「軍国主義の復活」「国家神道の復活」などにあるかのように主張したきた。 ●日本のどこに「軍国主義復活の恐れ」があるというのか □「A級戦犯合祀」を公式参拝反対の理由とするのは、まったくおかしな話である。 ・第一に、東京軍事裁判は、戦勝国が実験を掌握した条件下で行われた。いわめて不当な差別的な裁判である。{A級戦犯」は日本国という「一個の独立した民族国家の判定ではなく、旧敵国勢力からそう決め付けられたものにすぎない。 外国勢力から勝手に「A級戦犯」と決め付けられ、外国の権力をもって処刑され、あるいは拘留中に病死されたのだから、彼らが国事殉難者であることは明らかだ。 ・第二に、「A級戦犯」というレッテルを貼られた人々を含む国事殉難者の霊に国が祈りを捧げることが、「侵略戦争」の容認になるわけがない。何故なら、日本の戦争を「侵略戦争」とする考えは、だれにも疑いない真理ではない。少なくとも国内でも海外でも議論が分かれていることは事実である。それは歴史的な時間の中で議論されていくべき問題である。 結局のところ、公式参拝反対論では、違憲判断は”政教一致の国家神道復活の問題”とされ、「A級戦犯合祀」は侵略戦争の容認、軍国主義復活の問題とされているのだ。明らかな政治主義で、誠実に日本の現実を心配しての反対論とはとても思えない。 ・そんな根も葉もない主張は、”政治的なアジテーション”以外のなにものでもない。韓国の反日主義者のやり方とまったく同じことである。そこに共通したあるのは、意識的にせよ無意識的にせよ、まことに軟弱な「日本民族国家解体願望」なのである。 「いや、”日本民族国家解体なんて、意図してもいないし、望んでもいない”というのならば、まずはウソだらけのアジテーション言辞を引っ込めるべきであろう。」 ●神社神道にはどんなイデオロギーもない ・公式参拝は、民族国家の代表者が、自国の民族の精神習慣に則って国事受難者を慰霊する行為以外の何ものでもない。それを民族的な精神習慣とはみなさず、なんらかのイデオロギー的な行為とみなすから、違憲という解釈が出てくる。神社神道にはイデオロギーがあるはずないから、そこで想定されているのは、GHQがいうところの国家神道イデオロギーということになる。 ●日本を「民族国家以前」にしている敗戦後遺症 ・日本の政治家や官僚には、外国に差し障りのある意見を率直に現すことを回避しょうとする傾向があまりにも目立つ。こんなことをいったらアメリカに嫌われる、ロシアに嫌われる、中国に嫌われる、アジア諸国に嫌われる。どんな報復を加えられるわからない、圧迫を受けるかわからない、反発をくうかわからない、そうなれば日本は国際的に孤立してしまうという思い込みが、日本の政治家や官僚の間に幅広く渦巻いているとしか思えない。 ●民族国家らしくするとはどういうことか ・公式参拝は何らかの他意があるものではなく、純粋に慰霊のためであるなどと、外国にいちいち弁解する必要はない。いうのなら、一度だけいえばいい。何度も何度も繰返すべきではない。 ・第一に、他国に対していうべきことをはっきり主張するようにすること。そして、その主張に基づいた外交政策を幅広く展開していくこと。そのうえで、他国の主張との違いやズレをどうしたらいいかを考えて、国家の取るべき道を定めていくことである。 第二に、国家理念をはっきりさせ、諸外国にそれを外交活動の中でわからせていくことである。もっともはっきりさせるべきは、外から容易にみえてこない日本の理念「武力によらない紛争の解決」という理念である。その理念に基づいた外交活動をギリギリのところまで推し進める。どうしても戦争になることが避けられないと判断したならば、日本がおかれている国際的な環境に鑑みて、独自の判断をしていけばいいのだ。 お互いの自己を一定程度留保し合ってお互いの調和を形作り、なおかつお互いに自己を失うことはないという関係、そういう、日本人が歴史的に積み重ねてきた人間関係のあり方には、民族国家がどのようにして互いを開いていくことがいいのかのヒントがたくさん詰っている。→中国にしろ、韓国にしろ儒教が骨に染み付いている。対人関係においても、必ず人の上に人を作り、人の下に人をつくる。このような生き方は日本人は受入れられないだろう。 (http://www8.ocn.ne.jp/~senden97/yasukuni_osonfa1.html より引用) # by darmouse2 | 2005-06-07 23:49
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