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発表者:小川、山田 (情報社会学、6/29)
この本を読んで新しい歴史教科書を読んでみたいと思いました。自分が発表する前に読まなかったのが残念です。プレゼンで女子学生のレポートを紹介しましたが、実は私の家ではほぼ反対の事が起こっていました。母の方がマスコミに流されていなかったのです。私はというと無関心派でした。この本を読んで一方的なマスコミの報道に流されないような見方が出来て良かったです。発表後の感想を聞いて、拙い発表だったけれど内容をわかってくれた人もいて嬉しかったです。 山田 私は、日本人が色々なことについて、メディアなどによって左右させられることはあると思っていたけれど、「日本の歴史」について洗脳を受けているとは思ってもいなかったので驚きました。新しい歴史教科書が話題になったとき、私自身が実際に賛成できなかった人間の一人で、そのときはそれが普通だと思っていました。しかし、今回のプレゼンを聞いて、私もすっかり歴史洗脳にかかっていたのかなと思いました。客観的に真実を知ることはできないのか、方法があるといいです。歴史について、中国や韓国のような捻じ曲げたことを教えるのはもちろん間違っていると思いますが、必要以上の自虐の感情を植え付けるのも間違っているのだと思いました。村岡 テレビの報道を見ているとその番組の意見と同じ意見に、いつのまにか自分もなってしまう。それがいくら間違っていようとも、まったく気がつかない。こんなことがよくあります。それはテレビの意見を知らず知らずのうちに刷り込まれていたのだと、気づき、とても怖くなりました。何に対しても自分の知識が浅いため、もっともらしいことを言われると信じてしまうのでしょう。いろんな知識を身につけることによってものごとを多面的にとらえることが大切だと思いました。中林 今回のプレゼンは洗脳ということが書かれていた。私は今までの教育を受けてそれが洗脳とは感じもしなかった。しかし日本人の頭に焼き付いている韓国・中国の見方は、よく考えると洗脳というものだと思った。日本が謝る立場で、過去を償い続けるといった常識がいつの間にか定着している。しかし、私も含めてだが、それについて考えようとする人が少ないと思う。日本人を脱洗脳させるにはこのような本が必要だと思った。永田 『歴史洗脳を解く!』について話し合い、その中でも洗脳という言葉がとても印象に残っています。洗脳されているといわれると、どこか否定されているような気がしました。 でも、メディアからの一方的な情報で物事を捉えていたことは事実です。やはり物事は多面的に考え、そして自分の中でさらに考えることが大切だと思いました。そして、韓国の駅のホームに書かれている絵は哀しい気持ちになりました。子供の頃から反日感情を植え付けられているとなると、子供が成長した10、20年後、日韓関係は今よりも悪化しているのではないでしょうか。 瀬戸 ある特定のメディアや教師からしか知識を得ることができない人間はどうしても知識が偏り、その知識の偏りに気づけない人間は洗脳されやすく、洗脳下にある人間は自らそれに気づくことは難しい。日本のメディアで言えば例えば朝日は左派・大陸系で産経は右派系メディアと言われているが、もし朝日新聞一社しか新聞を取っていない家庭で育てば少なからずそっちよりの思想を持ってしまうだろうし、産経新聞だけ読んで育てば多少なりとも民族意識の強い人間になりうるだろう。 ある特定の思想一色に染められず、正しい情報に基づいた考え方を持つ為には、あらゆることに問題意識を持ち、情報を鵜呑みにせず、正確な知識を蓄え、そのために多角的な分析を怠らず、知識と思想の別を弁える必要があるが、実際にこれを実践するのはかなり大変なことだと思う。特に日本は、第二次大戦で敗戦国となってしまったために、徹底的に「日本が全て悪かった」「連合国側が全て正しかった」というイデオロギーを植えつけられ、現在でも教壇や一部のメディアはその状態から抜け出せないでいる。この状況下では正しい情報を手に入れることすらなかなか難しい。 洗脳されている人間は、自分が洗脳されているとは思っていない。だからこそ、常に自分が間違った情報を信じ込んでいるのではないか、という意識を持って、新しい知識を得るときもそれが本当に正しいものなのかしっかりと確かめ、誰かの借り物の思想ではなく、正しい知識に基づいて自分で導き出した、自分なりの考え方を持つということが大切になってくるのだと思う。間森 今回のプレゼンのプレゼンを聞いて、私も洗脳された教育をうけていたのかもしれないということに気づきました。一生懸命勉強したことが、真実ではないかもしれないと思うと残念です。テレビや本、インターネットなどで様々な情報が流れているので、どれが本当のことが分からなくなっています。自分でしっかり情報を見極めることができないといけないと思いました。伊藤 洗脳されている人は、きっと自分が洗脳されていることに気づきません。洗脳を解く以前に、本人が洗脳されていることに気づくことが重要だと思います。新しい歴史教科書が幅広い支持を受けなかった理由として「無関心」というものがありましたが、確かにあたしもあまりよく知りませんでした。プレゼンを聞いて、新しい歴史教科書を読んでみたいと思いました。歴史認識だけでなく、全ての報道・情報・教育について、聞いたことをそのまま鵜呑みにせず、自分で考えたり確かめたりすることの必要性を感じました。海野 今回は新しい歴史教科書について学んだ。この問題は言葉こそ知っているものの、何が問題で、みんなは何に対して反対したり賛成したりせいているのか全くわからなかったが、班ごとで話し合う中でいろいろわかってきた。実際読んでいないので、何がどうなっているかわからないが、日本に不利な言葉はなくなっているらしい。でもそれは今まで自虐的だった日本人が、愛国心を持つための第一歩ではないだろうか。プレゼンの中で学生と母親の会話のことが挙がっていたが、娘は母が洗脳されていると思い、母は娘が洗脳されていると思ったのだろう。みんなが同じ歴史認識を持つことは難しいと思った。北原 学校で教えられたりテレビでやっていたことが真実だとは限らないとのことだったが、多くの人はそれを信じるしか情報を得る手段がないので、洗脳されないよう生活を送るのは難しいことだと思う。sasaki 新しい歴史教科書についてですが、私はどちらが正しいのか分かりません。私も日本人で信じやすいです。でも、それが間違っていて洗脳されていたと言われても、どちらが正しいのか分からなくなってきます。また、韓国や北朝鮮が日本について悪いイメージを植えつけようとしているということも知りましたが、じゃあ日本は日本で愛国心を強める教え方をしようとしたら、戦前に逆戻りしてしまうと思います。もちろん、外国がどんな教育をしているのか、日本についてどう思っているのかを適切に知るのは大切だと思いますが、それで日本はどうしたら良いのかがわかりません。おそらく、もう過去のことはすでに知られている記録にしか残っていなくて今さらA級戦犯や日本の罪について審議されることはなくこれ以上調べることもできないと思います。どちらの意見が正しいのかは分からないと思います。古い教科書からしたら新しい教科書が洗脳しているというだろうし、切り口によって歴史はいろんな風に見えてくるのだと思います。余計に混乱してしまう可能性もあると思いますが、できたらいろんな角度から見た歴史をこれからの子に学ばせてあげたいです。また、その中で一番伝えなくてはいけないのは誰が悪いのかではなく、戦争をすることが悪いことで二度と戦争など起こらないような、世界中が平和であり続けるこ とが大切だということを伝えることが大事だと思うので、それを教えれたらと思います。崎田 (上記のコメントについて)愛国心について考えていくうちに、もしかしたら、戦後教育やメディアの影響で、愛国心という言葉自体が歪曲され、曖昧さを持つようになり、本来の意味に何か別の偏った情報が作用して、悪いイメージの言葉として認識されている部分があるように思えてきました。そういった誤った言葉の認識が僕の中にもあり、愛国心を強めると言ったことに対して、肯定しにくいような状況を作り出していたんじゃないかと思います。 歴史認識の問題だけではなく、それに付随してくる言葉自体も、洗脳の対象であるということは盲点でした。ですが、これで最後まで疑問として残っていた部分が無くなり、日本人が愛国心を持つことの大切さの真意がようやく理解できたように思えます。愛国心というものは、自分を支えてくれているものを大事にする心であり、日本人が誇りを取り戻し、愛国心を持つということは、自分達の自信や未来を切り開いていく基板なのだと思いました。そういった自分の立ち位置を放棄したり、否定したままであるのならば、それはやはり病的なことだと言えるのだと思います。今の日本と日本人があるのは、過去があってのことですし、戦争などの負の面ばかりを強調しないで、過去の功績や、負の面の別の側面も同じように強調して、良い面に対しても同様に理解を深めるべきです。 また、自分の国のことをわからないだとか、どうしたらいいかわからないと感じたら、それは自分の問題でもあるのだから、しっかりと見つめ、考えていかなければならないことですね。そういったこともできずに、平和を叫んでいても、他の国を尊重したり、理解したりといったことはできないと思うし、自信と責任なくして、これからのことを他の国に毅然とした態度で意見したりはできないと思います。 今後、日本人が自分達の伝統や文化や祖先に対して、再び誇りを持てるようになることを望みます。小川 世論や流行というのも、ある意味洗脳だと思うのですが、世間あるいは世界は完全に洗脳をされていない人間を必要としているのでしょうか。この本によって自分が気付かないうちに洗脳をされているということに気付けられればそれでよかったのでしょうか。ちょっとこの本の狙いとするところがよくわかりませんでした。 本当に洗脳から脱するべき国は韓国だと思いました。我々がマスコミによって親韓だの言ってる間にも韓国は日本に対して悪い感情を持つように教育をされています。平和ボケした日本国民が、仲良くしようとしているところを足をすくわれてしまわないかと不安です。sinya 今回の脱洗脳のプレゼンで、女子学生の話で母親から怪訝な目で見られたとあったが、自分の国の歴史を自虐的に見ることはあまり好ましいこととは思えない。確かに戦争という罪は犯してしまったが、罪は償ったと思うし、もっと自分の国に誇りを持つ国民に日本人はなるべきであると思う。 堀田 私は正直、歴史問題に無関心でマスコミの情報もそのまま真に受けていたため、小泉首相の靖国神社参拝は理解しがたい行動でした。しかし、先日の授業や先生のお話などから日本はもっと自国に誇りを持って守っていかなくてはならないということに気づき、そのためにも参拝はすべきだという考えに変わりました。それと同時にマスコミの流す情報の全てが正しい情報とは限らず、疑うことなく受け入れていては危険であるということにも気づかされました。 おそらく私のようにマスコミの情報を疑うことなく当たり前のように受け入れる人や歴史に無関心の人は多いのではないかと思います。そのような中、日本のマスコミは真実を流すことなく、ただ首相の行動は国益に反する行為でやめるべきだという一方的な報道をするばかりです。日本人の中にはこのようなマスコミの影響によって参拝は対中悪化に繋がって国益を損なうことになるし、やめるべきであると単純に考える人も多いことと思います。謝罪金で解決しようというやり方は、謝罪金自体も国益の損失でありますし、あくまで一時的な解決でしかないと思います。今のままでは中国になめられ中国の思うままになってしまうと思います。そのためにはやはり日本人が真実を知って考え方を変える必要があると思います。 私達が真実を知るにはやはり莫大な影響力のあるマスコミに真実を伝えてもらうことが一番であると思います。しかし、メールにも書かれていたように中国に不利な報道は規制するという協定も結ばれているようなので、私達日本人は、マスコミが流す情報には圧力がかけられ誰かによって操られていることもあり、そのまま真に受けては危険だということ、中国に関しては報道の規制があるということを理解することで、マスコミを通して中国に操られることは防げるのではないかと思います。 私自身そのような背景があったことを知りませんでした。これからは中国であり、中国進出すべきだというような情報も中国を発展させるための戦略であったことも初めて知りました。他にも中国は日本の参拝反対派議員を呼び、日本の政策を変更させるように仕向けたり、日本を従属させる外交戦略を採っているということも初めて知り、このままでは中国の思うままに操られてしまうという危機感を感じました。山本氏の指摘するように、日本の政治家に歴史観や見識がなく、他国のことばかり気にして日本のことを第二に考えてると振り回されかねないし、最悪日本の存在も危うくなると思います。客観的に考えてみると中国の行為は弱みにつけてお金を巻き上げる暴力団と同じであり、国を挙げてのイジメとも取れると思います。やはり日本は自国のことを第一に考えるべきで中国に対して強気の姿勢で行くべきであると改めて感じました。大石 中国は人口がけたはずれに多く、「世界第3位の軍事費を使い、ミサイル増強と潜水艦増強を行っている。それらは主に日本と台湾に向けられている。」など脅威だと言うことは数字的にも一目瞭然なのに、なぜ政治家たちはいつまでもいつまでも「諸外国に配慮して、靖国神社参拝の廃止」を訴えているのだろうか。20歳の学生でも少し勉強すればそのくらいのことはわかるのになぜ中国に対して下出に出るのか。それは一つしかない。政治家が個人の利益を追求しているからだろう。 国益を考えたら、小泉首相に公的に靖国神社を参拝してもらって、中韓北の多大な怒りを買っても、毅然と振舞うことが大切である。そのためには多少の軍事力を持つことも必要になるかもしれないが。日本という国の偉大さや経済規模の多きさや、まだまだ中国なんかには負けないぞと見せつければいい。こんなに日本はなめられているのに誰も怒りを感じていないのは、やはり日本人には愛国心などないと言える。報道されていないからかもしれないが、報道されたからってブラウン管の向こうのお話‥となるだろう。こんなにも日本がやるべきことははっきりしているのに、政治家もマスコミもばかだなあと思う。北原 今までの考えではダメなのだということがわかりました。この論説も中国の反日教育、それが将来招く恐ろしい未来を指摘しています。そしてその中国へ対する日本政府の対応が間違っていることも書かれています。 このような政府を作ってしまった原因はわかりません。中国政府かもしれないですし、中国政府の手先のような日本の政治家かもしれません。しかし、歴史の事実を自分の目で確かめ物事を考えようとしない一般の人、つまり世論もその原因になっていると私は思います。ただテレビから流される情報だけで、自分の意見が流されてしまっているように思います。つい最近まで私自身もその中の一人だったと思います。そのように洗脳されてしまっている世論を目覚めさせるようなことは非常に難しいと思いますが、今までのようにそれをただ問題だと言っているだけでは何の解決にもならないと思います。解決策があるのか、また果たしてそれが良い方向へ向かっていくのかはわからないですが、まず日本政府は具体的な行動を取ることが重要なのではないかと感じました。 前原 ▲ by darmouse2 | 2005-06-29 06:03
情報社会学 6/22
プレゼンをしてみて、著者の気持ちで本の紹介をするというのは、簡単なようで意外と難しいということを感じました。単純に要約しようと思っていたのですが、ついつい自分の気持ちが入ってしまい興味のあるところが強く印象に残ってしまう為、著者が一番言いたいところを見失いがちになってしまいました。また、本当に著者の気持ちを理解していないのに、それを伝えようとするのは無理だと反省しました。本を読み終えての感想ですが、康次郎の「儲かる商売は刑務所の門ギリギリのところまでいく。その門に近づかなくては儲からないし、門をくぐっててしまえば終わる」という言葉が忘れられません。自分の分身をつくるかのように康次郎から厳しい教育を受けた義明は、最後の最後で父・康次郎にはなれなかったという寂しさを著者から感じました。 保崎 今回のプレゼンはよくまとまっていて見やすかった。堤義明は結果として捕まっているので西部グループの経営方法は間違っていたことになるが、それでも違法にならない部分の経営能力もとても優れている。私たちは経営情報学部として西部グループの栄光と衰退から多くのものを学び取らなくてはならないと思った。また、普通の家庭に生まれて、いっぱい友達を作って、自由に遊んだり勉強したりするということはとても幸せなことだと思った。それにしても、堤義明のことを知らない人が多くいてとても驚いた。北原 今回のプレゼンを聞き、本の題名の通り、私も淋しく感じた。堤義明は父の教えを守り行動した結果、地位、権力、莫大な富、などの沢山のものを得た。しかし、その代わりに非常に沢山のものを失った。そして、その莫大な富を維持し続けるために、犯罪までも犯した。彼は一体何を欲していたのだろうか。父から叩き込まれた帝王学の教えが、権力や富を得るためのものであり、それを堤義明が心から信じていたとするなら、それは非常に悲しいことだと思う。今回の事例は幸せを履き違えたために起こったものだと思った。村岡- 恥ずかしながらプレゼンを聞くまで、堤義明氏のことをよく知りませんでした。この義明氏の人生から私達は何を得ていけばよいのでしょうか。親に敷かれたレールに沿った経営を行って、経営のカリスマと呼ばれていた訳ですが、義明氏はそのことに関してはどう感じていたのでしょうか。私見ですが、この堤さんという人は自分の人生を愁いていたように思えます。以前、会社の寿命は平均で30年と聞いたことがあるのですが、同じ理念のもとに経営していくだけでは、会社というものは腐敗したり、時代の流れに置いていかれてしまうものなのでしょうか。小川 「友達を作るな」と父親に教えられ、その通りに生きてきた堤義明には相談する相手もいなかったろうしする気もなかったのではないか。その結果時代の流れについていくことができずに最後には落ちぶれてしまう。やはりかたよった生き方をしているとうまくいく時期はあっても長くは続かないということだと思う。佐々木 堤義明というカリスマは親の分身であると思いました。親の帝国教育のためカリスマとよばれるようになった、帝国教育というものがどのようなものかは詳しく分からないが、今では考えられないと思いました。そのような教育を受けさせられてきた少年時代の堤義明は何を考えていたのだろうか。その時代の我慢が大人になってから悪い方向に向いたかもしれない。友達を作ることが許されていれば違った結果になったと思う。しかし、そうであったらカリスマではなかったであろう。 塩野 > 堤義明氏についてのプレゼンを聞いて、「究極の節税システム」など会社経営が上手だったのだなぁと思いましたが、どうやら有価証券報告書の虚偽記載を数十年前からやっていたようです。巨万の富を築き、何もかもうまくいっているように見せかけていた背景に何があったのかが、全てではないにせよ暴かれていくのだと思います。そうまでして守りたかったもの、自分の威信、父親から譲られた会社が崩れてきている今、堤氏は何を思っているのか知りたいです。良くも悪くも私が一生関わることのないだろう世界で生きてきて、結局のところ幸せだったのだろうか、とふと疑問に思いました。海野 今回のプレゼンを聞いて、はじめ時代の変化というのは怖いと思いました。堤氏は時代の流れを読み、自分の経営方針を完璧だと思っていたにもかかわらず、転落してしまったからです。しかし、班の話し合いの中で本当の原因は内部告発だと聞きました。プレゼンをきくかぎりとても頭のいい人だと思うのに、悪いことをしてしまうのは、小さいころの徹底した教育方針にも問題があったのではないかと思います。やはりコミュニケーションをとることは大事で友達からはいろいろ得られることがあるので、多くの人と接することで悪いことをする人も減ると私は思うからです。北村 今回は、「淋しきカリスマ 堤義明」というプレゼンでした。同じ班になった石井さんが、堤義明氏のことを詳しく知っていて、いろいろなことを教えてくださったのでので、とても勉強になりました。堤義明氏は、時代の流れを読めなくなってしまい会社の経営がうまくいかなくなってしまったそうです。最近は、インターネットの普及などで情報が素早く行き交うようになっています。やはり、現在の経営者は時代の流れを瞬時に予測できる能力がないといけないと感じました。カリスマであったのに、節税法といって法律違反をして逮捕されてしまいました。カリスマという地位がいっきになくなってしまった気がします 伊藤 「淋しきカリスマ 堤義明」を聞いた。今回のプレゼンは知っていることばかりだった。父は一代で財を築き、義明もそれを10年つらぬき通した。時代を先取り、そのときにあった経営をしたことは、とても素晴らしい。しかし、義明は末っ子だけあり、父の真似をし、いいとこどりをするだけの才能しかなかったのかもしれない。 伊藤治奈 罪を犯して大きくしてきた企業がいつか終わってしまうことは明らかなことです。それがどうしてここまで大きくなれたのでしょうか。昔はそういう時代だったのでしょうか。 上場した企業で、鉄道のような公共の仕事をしている企業が自己中心的な経営をしていることは確かにおかしいと思います。しかし、もし組織的に経営をしていたのなら、今のような没落はなかったのでしょうか。北村 今回は西武グループの堤氏に関するプレゼンであったが、幼少期の父親から帝王学を学び、父親のあとを継いで西武グループをついだが、常に父親の影に怯えていたとニュースで見たことがある。父親の影響や兄の西友の失敗など同情する点は確かにあるが、持ち株を 虚偽記載などの罪を犯してしまった理由にはならない。 堀田 私は堤義明という人を知りませんでした。少し前に逮捕されたり、ニュースによく出ていたそうで、少し勉強不足だと思いました。父堤康次郎もカリスマでその厳しい教育にも従ってどんどん成長していったのに今の時代の流れは読めなかったそうですが、もちろん彼の実力は相当あったと思いますが、やはり父のおかげもあったと思います。 父に10年待てと言われて待ったこともそうだし、だから今の時代は読めなかったのかなとも思いました。でも、昔のことがよく分かっていないからかもしれませんがもしかしたら今の時代の流れがとても速いので読むことが難しいのかもしれません。しかも経営者という立場もあるので、とても大変だったんだと思います。崎田 今回のプレゼンを聞いて、はじめ時代の変化というのは怖いと思いました。堤氏は時代の流れを読み、自分の経営方針を完璧だと思っていたにもかかわらず、転落してしまったからです。しかし、班の話し合いの中で本当の原因は内部告発だと聞きました。プレゼンをきくかぎりとても頭のいい人だと思うのに、悪いことをしてしまうのは、小さいころの徹底した教育方針にも問題があったのではないかと思います。やはりコミュニケーションをとることは大事で友達からはいろいろ得られることがあるので、多くの人と接することで悪いことをする人も減ると私は思うからです。北村 堤氏のこれまでの人生は、私たちの人生とはかなり違いがあります。堤氏は生まれながらにそういう家柄であり、当たり前のように経営者としての教育を受けてきました。私たちからすれば、堤氏が受けてきた教育には問題があるように思ってしまうのですが、実際その教育を受けてきた堤氏は自分が受けた教育が当たり前だと思っているはずです。これが堤氏の運命なのかなと思いました。今日、堤氏だけでなく、多くの経営者が活躍したり敗退していったりしています。時代の流れの早さと、時代の不安定さを感じました。人間にとって正義感とモラルはとても大切なものであると思います。そういったことを堤氏は教わるべきであったと思います。 瀬戸 ▲ by darmouse2 | 2005-06-24 21:28
授業時間の30分間、金融機関内定者による、就職活動トークセッションをおこなった。以下、出席者の感想である。
●私自身も就職活動を終えたばかりなので、二人の話を聞いて共感できる点がありました。就職活動は精神的に重い部分もありましたが、企業研究をすることで今まで気づかなかった新しい発見があったり、自分自身を見つめ直すことができる大変貴重な時期であると思います。一年前には見えていなかった将来の方向性を自分で決めることができ、就職活動というこの経験は今後の励みにもなるであろうと感じます。これから就職活動を始める後輩の皆さんにはためになる話でいい機会であったと思います。 加藤 ●先輩方の話をきかせてもらって、とても勉強になりました。女性は、事務職などに集まりやすいから大変だ、と聞いて少し不安になり、これからしっかりやっていかなくてはと思いました。今は、学校名で採用を決めないとは言われますが、やはりまだ学歴重視という風潮が残っているのだと感じました。今回は金融関係の話でしたが、他の業種の方々の話も聞いてみたいと思いました。 山田 ●私も就職活動をしているのですが、人がどのように就職活動をしているのかを、知る機会がないのでとても良い勉強になりまして。二人とも希望の会社に内定が決まったと言う事なのですが、二人の話を聞いていて、二人ともかなり早くから就職活動を意識していたという共通点がありました。わたしはとてものんびりしていて春くらいから活動を始めたので、そこが一番の反省点です。この話を聞いていた3年生には周りよりも早くから就職活動を始めて欲しいと思います。中林 ●いよいよ、就職の時期が近づいてきた感じがしました。今回話をしてくださった先輩はゼミが同じで、前に一回就職の話をうかがったことがあります。ちょうどそのときは、静銀の面接を終えたばかりで、その話をしてくださいました。印象に残っているのが、「面接ではいかに面接官を笑わせるか、その反応をうかがいながら面接をしている」と言っていたことです。先輩はとてもまじめな方で、しっかりと何事にも取り組んでいますが、その一方で、ゼミの活動中も面白いことをいったり、場を盛り上げようとしてくれます。今回のお話でも、おばちゃんとフレンドリーになったことなど少し笑いを交えながらも、とても参考になるお話をしてくださいました。先輩の人柄が十分に出ていると思いました。「就職は自分と企業との相性もある」と言っていましたが、そのためには自分をいかに表現するかがポイントだと思います。また、コミュニケーションの大切さも実感しました。人とたくさんふれあうことで自分を大きくしていき、その中で自分を見つめなおしていけたら、それが一番個性を活かし、満足できる将来を獲得できるのではないかと思いました。今日から就職モードです。 瀬戸 ●この間の就職体験会とてもよい勉強になりました。仕事を見つけること自体が厳しくなっている今の日本、自分にぴったりする仕事と自分が受かる仕事は必ず一致することが保障できかねます。ゼミ活動の一環としてテクノサイドの人事担当者のインタビューと宮松さん、前原さんなどによる就職決まり手の体験談はありました。就職を考えていない私にとっても非常にプラスとなりました。その理由は主に以下でございます。 1就職は人生のキャリアの一段階としてほとんどの人が経験するものと考えてもよいでしょう。(家庭主婦/夫も職業として含まれる) 2就職する前の所謂“自分探し”は就職に限らず、進学や人間関係などにとっても重要である。企業の人的資産になれれば企業はリスクを持って買ってもらえるし、研究成果を齎せば先生は学生を受け入れられるし、自分が光っているところがあればあるほど周り人が集まりやすくなるということではないかと思います。 チエ ●今現在私が就職活動を続けているということもあり、共感する意見も多くありました。その中でも「就職活動を楽しむ」という考え方は私が常に意識していることだっ たので、これから就職活動をする人たちにも参考にしてもらいたいと思いました。 就職活動に何を求めるかは人それぞれだと思いますが、数ヶ月間の就活期間がただ辛いだけなんて人がいるとしたら、とてももったいないと思います。せっかく将来のことを考え、自分を磨く機会なので、楽しまないと絶対損です。 就活では会社の社長から話を聞く機会が沢山あります。また社長に限らず、社会に出て働いている人の話は非常に参考になります。話す内容、話し方、文章の組み立て方など、学生と社会人の違いが明白に表れます。恐らくほとんどの人が、「自分はもっと成長しなくてはならない」と感じるのではないでしょうか。 そんな中で面接などがあり、自分自身の内面を深く考えるようになります。自分は今まで、どんな場面でどんな行動をしてきたのか。その背景にはどんな考え方があったのか。自分はどんな人間なのか。これからどのような人生を送りたいのか。そのためにどんな仕事をしたいか。 沢山の社会人の話を聞きながら、その人と自分とのギャップを埋めるためにどうすればいいかを考えるのが「就職活動」というものだと思います。 学生時代において、これほど自己啓発につながるイベントは他にないと思うので、これから就職活動をする人達は、とにかく就活に楽しみを見出して頑張ってほしいです。村岡 ●話の中でも特に印象的だったのが、小論文の問題がわからず、素直にわかりませんと書いたところ採用されたという話です。自分を偽ることなく、ありのままを伝えたことが好印象になったのではないでしょうか。いま自分も公務員試験の勉強に取り組んでいるので、一層勉強に力を行きたいたいです。堀田 ●3年生になって就職というものを考えることが多くなった。つい最近まで自分の中で夢といものがあったが、親と話をして自分が進みたい道が難しいことが分かった。現在では自分が何をやりたいのか分からない状態で、まず就職より自分に向いた仕事を考えなければいけないと思った。先輩の話を聞いて、就職活動に対する印象が変わった。話も聞きやすく分かりやすかったし、アドバイスも心に残った。まずは日経新聞を読もうと思った。永田 ●先輩の話を聞いて就職活動、面接に必要なのは「馴れ」だと思いました。たくさん面接を受けて場馴れして面接官の質問にきちんと答えられるようになることです。また、前原さんが言ってたように、面接の時や試験の時、わからないことがあったら素直にわからないと答えることも大事だと思いました。特に面接時、面接官は自分たちの能力を見ているのではなく、人間性を見ていると思うので、素直に答えるほうが印象がいいと思います。それより一番大事なことは就職活動を楽しむことだと言っていたので、自分もこれから楽しんでいきたいとおもいました。山下 ●内定座談会の感想です。先輩たちのお話を聞くことができてとても参考になりました。私は、どのような職業に就きたいかまだ分かりませんが、凛とした女性になれそうなところに就職したいです。 先輩たちの就職活動の就職活動のお話を聞くことができてとてもよかったです。「就職活動」というと、なんとなく良いイメージはなく、悪いイメージばかりでした。しかし、先輩たちは「精神的に嫌なこともあったけれど就職活動を楽しんだ」とおっしゃっていたことにとても驚きました。また、二人とも前向きであるなという印象を受けました。きっと、何事にも前向きにとらえるということが就職活動で成功するポイントのひとつになるのではないかと思いました。私が、就職活動をして嫌なことがあったとき、先輩たちがおっしゃっていたように前向きな気持ちや自分らしさを忘れずにという言葉を思い出して目標に向かってがんばりたいです。伊藤 ●今まで身近にこういった話を聞かせて頂く機会が無かったので、話の一つ一つがとても参考になりました。「人事を尽くして天命を待つ」、少し意味はそれますが、悩んで何もしないよりは、できることから何かをしていく事が一番大切なのだと改めて思いました。私は、高校が商業高校だったので、これまで検定試験の取得など就職を念頭に入れたような事を主にやってきたのですが、最近はそういった表面的な事よりも、就職をするにあたってもっと大切な事がある事を感じさせられるような場面が多くなってきました。そういった中でこれまで考えていた、自分は今何をすべきなのか、どう就職活動と向かい合って行くべきなのかという事が、話を聞く事でこれまでより鮮明になったような気がします。人によって就職観はそれぞれだと思うのですが、自分の力で一歩を踏み出して行く事が総じて大事な事なのだと話の中から感じ取りました。小川 ●就職活動の話は情報デザインでも聞く機会があり、すごく良かったです。他の内定をもらった先輩にもいろんな話を聞きたいです。辛いことが多いかもしれませんが、就活を楽しめるようになったらいいなと思います。大学4年間でなにをやってきたのかしっかりとアピールできるような生活をしていきたいです。井出 ●就職活動というのがどんなものなのか、はっきりとしたイメージが持てないでいたので、今回のお二人のお話はとても参考になった。また、大事なのは大学時代に何をしたかではなく、そこから何を学び取り、それを仕事にどう生かせるのか、という話にはとても考えさせられるものがあった。今自分はまだ民間企業に就職するか公務員試験合格を目指すかまだ迷っている段階で、何十社も回るかどうか決まっていないが、これから約半年の間にできる限りの準備はしておこうと思う。 間森 ●まだ私は就職活動を初めていません。でも先輩の話を聞いて先手先手が重要だと聞きました。 女の人は就職に不利だとも聞きましたが就職に関する情報をどんどん集めて就職活動に生かしていこうと思います。来週に就職ガイダンスが行われるそうなので、まずはこれに行って就職活動に備えようと思います。崎田 ▲ by darmouse2 | 2005-06-15 09:01
小島ゼミ(6月10日)
「正論」6月号に、帝京平成大学教授の米田健三氏が凛とした日本人女性について寄稿している。この女性は、1946年、元フィリピン派遣軍総司令官本間雅晴陸軍中将の妻富士子(当時、42歳)である。富士子は夫の命乞いではなく、日本の誇りを示すために、マニラに向かった。そして戦勝国アメリカによって仕切られた復讐劇裁判の最終証人として、出頭し、和服姿で、終始、理知的な表情を崩すことなく、毅然と証言を続けた。最後、しっかりと顔をあげ、次のように述べた。 「私は東京からここへ参りました。私は今も本間雅晴の妻であることを誇りに思っております。私には娘がひとりおります。いつの日か、娘が私の夫、本間雅晴のような男性とめぐり会い、結婚することを、心から願っております。本間雅晴とはそのような人でございます。」 法廷からはすすり泣きの声があがり、米軍検察官のなかにも感動のあまり涙をぬぐうものもいた。 夫人が帰国して間もなく、本間中将は銃殺刑となった。後に、マッカーサーが夫人に「何でも不自由なことがあれば遠慮なく申し出て欲しい」と言ったのに対し、富士子は申し出を辞退した。 以下、この論文を読んだゼミ生(3年女子学生、中国人留学生ふくむ)の感想である。 ●この内容を読んで、富士子婦人から「日本の女性のあるべき姿」というものを学んだ気がしました。日本の家庭婦人として面目を少しも傷つけないように、凛として法廷に臨む姿にとてもひきつけられました。富士子婦人の凛とした立ち振る舞いによってフィリピン人だけでなく世界の人々に、日本人女性に対する印象がとてもよいものになったのではないかと思います。 戦後の時代に、普通の家庭の主婦が外国に行ってこのような振る舞いをすることは、とても勇気がいることだったと思います。富士子婦人はそれをあっさり行ってしまったのだから、私も現代の女性として凛とした立ち振る舞いをしなければいけないという気持ちになりました。立ち振る舞いによって、相手によい印象を与えたり悪い印象を与えたりします。これから、プレゼンや面接など人前に出て立ち振る舞うことが多くなります。そんなときは、富士子婦人のことを思い出したいと思います。 夫が戦犯として捕らえられていても、夫を愛する気持ちや尊敬の気持ちがとても高いということを知りとても感動しました。私は夫婦になると、少しずつ愛情や尊敬の気持ちが薄れてしまうのだろうと思っていたのでけれど、本間夫婦のように強い絆で結ばれている夫婦がいたということを知り、結婚したらこのような夫婦のようになりたいなと思いました。 本間夫婦のようになるためには、富士子夫人のように良き妻、良き母であることに全力を尽くすことはもちろんのこと、夫のことを尊敬する気持ちや夫をたてることを失わない女性でなければいけないと思いました。これらのことは、現在の日本人女性にとって欠けている部分なのかもしれません。本間中将も、男として魅力があり男らしい人であると思いました。 妻として夫に対して誇りを持ち、娘にも夫と同じような男性と結婚してほしいと思えるような男性と結婚したいなと思いました。伊藤 ●本間雅晴中将夫人の話を読み、私はなんとなくイラクで銃撃を受けて死亡したフリージャーナリスト橋田信介さんの妻幸子さんを思い浮かべた。この二人の共通するする点は、人の前では泣かなかったこと、平静を装い続けたこと、夫の夢や仕事を理解したこと、夫を信じたこと、夫を愛し、愛されたこと‥まだまだいろいろあると思うが、凛とした女性というのは正しくこういう女性のことを言うのだろうと思う。そして二人とも、自分の利益ではなく日本女性名に恥じぬよう、または夫の名に恥じぬよう日本とイラクをつなぐ架け橋として、日本という大きなものを背負っているというところがまたかっこいい。昔の日本女性は夫にたて、夫より一歩下がって、良き妻、良き母であることに全力を尽くす人がたくさんいた。それでいて夫のことを支えてい た。こんなことを言えば今の社会では男女差別であると大問題になってしまうかもしれないが、日本のそういう昔の姿はとても美しい。現在の男も女も全部一緒にしようとする教育はやはり間違っていると思った。 北原 ●プリントを読んで凛とした女性というのは、見た目だけでなく自分の意思をしっかり持った、いかなるときも堂々と立ち振る舞える女性らしい女性のことかと感じた。私は女子高で、高校の文化祭のとき、高校のイメージを一文字で表そうとして、決定したのがこの凛という字でした。そのときは、意味もわからず深く考えませんでしたが、女子高として大和撫子を目指す私の高校にはぴったりであったように思います。現在は態度、言葉もくずれ、凛とした女性は本当に少ないとおもいます。凛とした女性はその態度、言動ともに人目を引きますし、憧れであると思います。自分がよければいいのではなく、視野を広く持ち、今までの言動を振り返り、自分なりに意識してこれから時間をかけてでも、いかなる時も堂々と、心の強い女性になりたいと思います。北村 ●第二次世界大戦はすでに半世紀を経っていました。戦争を経験していない世代は私を含め、知らない若者が意外に沢山あります。凛とした日本人女性を知るために何回も読みました。私が一番感動したのは以下のことです。 フィリピンでの裁判では本間雅晴中将夫人が法廷でこう証言しました。 「私は今も本間雅晴の妻であることを誇りに思っております。私には娘がひとりおります。いつの日か、娘が私の夫、本間雅晴のような男性と巡り会い、結婚することを、心から願っております」本間雅晴は素晴らしい人であることこそ、娘を嫁がせる場合には、本間のような男性を選ばせるということでしょう。本間雅晴は無罪ということを直接に出張せず、間接に本間雅晴の人脈を明らかにしたところは彼女の賢いところだと思います。本間雅晴の妻の名前さえ分からないが、彼女の立場から考えると、本間雅晴の妻として、子供の母親として責任を尽くしたでしょう。 チエ ●「凛としている」とは、「態度や姿などが凛々しくひきしまっている」ことを言うのだと思うのですが、本間夫人のお話を読んで、それは今まで生きてきて経験したことや、その人が背負っているものからにじみ出てくるものなのではないかと感じました。歳相応の人間であることはもちろんですが、もっと理知的で凛とした人間になりたいです。子供の良いところ、大人の良いところの両方を併せ持った人間でありたいと思いました。本間夫人は軍人の妻という立場で戦争を経験し、裁判では日本女性の面目を背負っていて、今の日本人からは想像もできないような人生だったと思いますが、本間中将と出会い、結婚生活を送ることができて幸せだったのではないでしょうか。海野 ●富士子夫人のお話を読んで、本当に凛とした女性というのは、精神的に強くて、 真直ぐで、信念を持っている人のことなのだと感じました。裁判の証言でも、日本女性の代表として証言していて、この人は日本女性であることに誇りを持っているのだろうと強く感じました。圧倒的に日本が不利で、形式ばかりの裁判であるのに、アメリカの検察官を泣かせた富士子夫人の言葉には、夫を心から信じている気持ちが溢れているように思いました。また、後にマッカーサーの申し出を断ったというところで、きっと本間中将と富士子夫人は、中将が亡くなっても強い絆で結ばれていて、夫人は亡くなるまで凛とした女性でいたのだと思いました。豊かな経験と知識を持って、信念のままに生きることの美しさを学びました。村岡 ●凛とした」その言葉を聴いて、まず思い浮かんだことは、「りりしい」「芯のある大和撫子」と思いました。写真を見て、和服を着、まっすぐ前を見ている夫人を見たとき、やはりそんなものなのかなと、感じました。本間さん自身が文化人で、いろいろな知識を持っている人で、だからそれに付き合える夫人も世の中のことを知っていて、進んだ人だから「凛とした」という言葉も似合うのだと思います。自身の結婚した人を、家庭のこと・世の中のこと、さまざまなことを話し合っているなというのを感じました。だから、お互いのことを理解し、信頼しあっているのだと思います。今の家庭では、そんなことは少なくなっているのかもしれません。この夫婦は、きっと夫婦・人としての理想なのだと思います。伊藤 ▲ by darmouse2 | 2005-06-10 06:22
プレゼンテーマ:呉善花著「『反日・親北』韓国の暴走」(小学館)
●日本では韓流ブームばかりが取り上げられる中、韓国で反日、親北運動が広がっているとのがとても怖い思えた。呉さんは韓国人でありながら、この恐ろしい実態をバッシング覚悟で取り上げていてすごい人だ。わたしはこの本のことを知らなければこんな実態を知らなかった。もっと多くの人にこの本を呼んで現状を知ってもらいたいと思った。 中林 ●『「反日・親北」韓国の暴走』を聞いた。歴史・教科書・竹島・領海侵犯、今、韓国と日本はいろいろなことで対立している。というより、やはり日本がなめられているのではと感じる。文化面の交流は続けていきたいといっている韓国に、いいように使われている。韓国の経済発展のため、反日を利用しての国家・民族の統一に日本が協力することはない。今まですべてのことをお金で解決してきた日本は、やはり外交は上手くない。伊藤 ●今現在、韓流ブームや文化開放などによって民間レベルの交流は好調なものの、日本と韓国の政府間には様々な問題が山積みになっている。例えば竹島問題や歴史教科書問題、つい最近では日本のEEZを侵犯した韓国漁船が、結局韓国EEに逃れ、わずか数時間程度の取調べの後無罪放免で釈放される、という信じられないような事件まで起きた。これらを見ると、ワールドカップの共同開催などで近づいていた距離が、昔のような「近くて遠い国」に戻りつつあるように思える。多くの日本人は韓国という国について、あまりにも知らなさ過ぎる面があると思う。もしくは、韓国の良い面ばかりを見、悪い面、例えば日本国内の製品をパクりまくっているとか、平気で過去の問題に関する資料を捏造するとか、殺人・レイプなどの凶悪犯罪率が日本の数倍から数十倍もあるとか、そういう部分を知ろうとしない。相手の悪い面をけなすより良い面を褒めよう、という日本人の気質はとても素晴らしいと思うが、相手の本質を正しく理解しようと思うなら、まず相手の光と闇の両方を知るべきだと思う。その上で、一人の日本人として韓国との付き合い方を考えるべきだ。もちろん全ての韓国人がそうであるとは限らない、という前提を踏まえた上で。間森 ●私にとって北朝鮮というと独裁体制で人民を苦しめ、わが国には拉致をしたり領海侵犯を犯したり、まるでいいイメージがありません。それが韓国は同じ民族だからといって親しくしようとしていることが意外でした。日本以上に韓国のほうが北朝鮮を脅威にしていると思っていました。日・米・韓での北朝鮮への経済封鎖というのは可能なのでしょうか。核を持った北朝鮮を追い込むことは危険なのではないでしょうか。また、韓国の中では反米的意見の人もいるようです。日本は経済的には大きな力を持っているはずなのになぜいつも米だったり北朝鮮だったり周りの出方を伺いながら、弱気なのでしょうか。北村 ●最近は韓国ブームで、日本人が韓国の文化を知ることが多くなってきた。この本を知るまで、私は韓国がここまで日本を嫌っていることを知らなかった。また北朝鮮との関係が良くなってきたことも知らなかった。少しショックを受ける部分もあるが、個人的にそこまで関心がない。日本が何をしても、過去の歴史は変わらないし、中国や韓国の人々の反日感情は変わらないと思う。しかし韓国と北朝鮮の手を結ばせてはいけないと思う。そのためなら、韓国との交友関係をよくすることは必要であるし、日本の文化、人間性を韓国の国民にもっと知ってもらう必要があると思う。国同士の政治的な問題も大切だが、韓国国民一人一人が日本に対する考え方を変えていくことはもっと大切であると思う。永田 ●「反日・親北」韓国の暴走ということで、今回は韓国について考えてみました。韓国は「近くて遠い国」といわれていた国だけれど、日韓共同のワールドカップや韓流ブームによって日本と韓国は仲良くなりつつあるのではないかと思っていました。しかし、最近は竹島問題や反日デモによって再び険悪な感じになっています。韓国が北朝鮮や中国と力を合わせてしまうと日本は孤立してしまいます。日本は、一国では何もできない気がするのでこのようになることはさけてほしいと思います。私は、韓国と日本の関係のことを今まで考えたことがありませんでした。日本の若い人たちにも日本と韓国の関係について興味をもってもらい、考える機会を与えた方が良い気がしました。伊藤 ●今回のプレゼンは、韓国が反日親北になっているというものであった。W杯最終予選でも北朝鮮を応援する韓国の人々の映像がニュースで流れていた。たしかに同じ民族である北朝鮮に好意を持つのは仕方のない事と思うが、現在の北朝鮮は核を保有し、金正日という 独裁者が君臨する危険な国である。金正日体制を一刻もはやく崩し、北朝鮮国民が平和な日々が送れるように日本・韓国と協力していかなければいけないと感じた。 堀田 ●韓国の反日・親北というのが今日のテーマであったが、私は韓国の一連の行動はすべて日本に責任があると思いました。第二次世界大戦後、日本は一度たりとも韓国に謝罪をしていないというのが悪いと思います。現代の日本人は日本は韓国に謝っているのに、韓国はいまだに日本に謝罪を求めていると思っています。しかし戦後日本は歴代の首相が個人的に謝っただけで、国としては謝っていません。韓国国民に伝えなければなりもせん。私がかんがえるに日本が韓国に謝るというのは、まずきちんとした大使(外務大臣)をその韓国に送り、これから私たちの首相が謝罪に行きますということわりを言ってから、大々的に韓国メディアの前、公衆の前で、韓国語で謝り、それから条約を結ぶべきだと思います。そう考えると、竹島問題などは日本が譲歩すべきだと思います。竹島は日本のもので勧告が横取りをしているとか、謝罪しろと言い続けている韓国はしつこいなどといっている日本人を私は恥ずかしく思います。山下 ●今回は韓国の反日と親北の動きについて勉強した。東南アジア諸国は親日的だというけれど、隣国の三国、北朝鮮、韓国、中国が反日感情を高めているのはとても怖いこと。やはり日本はアジアという枠を超えて自国を世界にアピールしていかないと、いつかこの三国にのまれてしまうと思う。著者が言うとおり、アメリカの手を放してはいけないし、米軍基地をなくしたいとか何とか言っても、やはり日本という武力を持たないこの小さい国は今の段階ではアメリカに頼るしか道はないと思う。この本からはそんな印象を受けたが、韓国に留学していた先輩の話はとても面白くて、韓国に行ってみたいと思った。韓国に実際いたら、私たちと同世代の人たちには反日感情は見られないというし、日本のアイドルが韓国でも人気があるというのは聞いたことがある。韓流ブームで、日本人が韓国に留学して学んだりすることは、これからの日韓関係においてとてもいいことだと思った。北原 ●今、韓流ブームと言われていて、韓国に行く人も多いため、たくさんの日本人が韓国でお金を使っていることと思います。一方で、竹島問題などもあり、韓国の日本に対する姿勢は厳しくなっているのに日本の経済力だけが韓国に渡ってしまっているのは個人的に納得がいきません。だから、ぜひ韓国の人たちにもっと日本へひいては静岡へ来てもらってお互いにお金を落としてもらえればいいと思います。そうすれば甘い考えかもしれませんが韓国の人たちが日本にマイナスなイメージをもっていたとしても解消されていくんじゃないかなと思います。山田 ●韓国が北朝鮮側につくと、日本はアジアで孤立してしまいます。日本はアメリカと手を離してはいけない、アジアでは仲良くしなくてもいい、世界中に目を向けると仲間はたくさんいる、と日本はどうしたらいいのか先生が話してくれました。では、私たち日本人はなにをするべきなんだろう…国際問題を考えたときいつもそう思います。国同士の問題を解決することはできないかもしれないけれど、個人的のコミュニケーションを大事にしなくてはいけないと思います。井出 ●反日政策の裏側で北朝鮮への傾斜を強める盧武鉉政権に警鐘を鳴らし、日韓両国の進む道を探る「『反日・親北』韓国の暴走」(小学館)を三月に出版した後、韓国の全国紙である韓国日報が同書の要旨を紹介する記事を呉さんの顔写真とともに掲載、同時に読者の声を募集した。読者の声は次のようなものだった。 「あの女を拉致してすさまじい拷問を与えるべきだ」「呉善花、この野郎をつかまえて市庁舎前広場で公開処刑しよう!」 「公を担う新聞社のサイトで、このような罵詈雑言(ばりぞうごん)がそのまま掲載されるとは驚きです。本来冷静であるべきメディアが国民をあおっているとしか思えません」と呉さんは憤る。http://k-mokuson.at.webry.info/200504/article_2.html(2005/06/04) 呉さんは韓国では売国奴とされることの原因は彼女は事実を書き続けているためでしょう。呉さんの勇気に感動しました。政治のことをよく分からないが、北朝鮮は核兵器を放棄しない限り(北朝鮮はNPTから脱退していた2003)、韓国は北朝鮮についていくことは、日本だけではならず、アジア諸国にとっても危険なことだと思います。 チエ 呉 善花 韓国はいつの日か「靖国」を理解できるのか? 民族国家としての姿がみえない戦後日本、「敗戦後遺症」が要らざる邪推を招いている ●「民族国家」としての姿がみえない戦後日本 ●「違憲論」が理解していない神社参拝の性格 ・公式参拝反対論者の多くは、この「政教分離」問題にさらに「A級戦犯合祀」の問題を重ねていって、問題の本質があたかも「侵略戦争の容認」「軍国主義の復活」「国家神道の復活」などにあるかのように主張したきた。 ●日本のどこに「軍国主義復活の恐れ」があるというのか □「A級戦犯合祀」を公式参拝反対の理由とするのは、まったくおかしな話である。 ・第一に、東京軍事裁判は、戦勝国が実験を掌握した条件下で行われた。いわめて不当な差別的な裁判である。{A級戦犯」は日本国という「一個の独立した民族国家の判定ではなく、旧敵国勢力からそう決め付けられたものにすぎない。 外国勢力から勝手に「A級戦犯」と決め付けられ、外国の権力をもって処刑され、あるいは拘留中に病死されたのだから、彼らが国事殉難者であることは明らかだ。 ・第二に、「A級戦犯」というレッテルを貼られた人々を含む国事殉難者の霊に国が祈りを捧げることが、「侵略戦争」の容認になるわけがない。何故なら、日本の戦争を「侵略戦争」とする考えは、だれにも疑いない真理ではない。少なくとも国内でも海外でも議論が分かれていることは事実である。それは歴史的な時間の中で議論されていくべき問題である。 結局のところ、公式参拝反対論では、違憲判断は”政教一致の国家神道復活の問題”とされ、「A級戦犯合祀」は侵略戦争の容認、軍国主義復活の問題とされているのだ。明らかな政治主義で、誠実に日本の現実を心配しての反対論とはとても思えない。 ・そんな根も葉もない主張は、”政治的なアジテーション”以外のなにものでもない。韓国の反日主義者のやり方とまったく同じことである。そこに共通したあるのは、意識的にせよ無意識的にせよ、まことに軟弱な「日本民族国家解体願望」なのである。 「いや、”日本民族国家解体なんて、意図してもいないし、望んでもいない”というのならば、まずはウソだらけのアジテーション言辞を引っ込めるべきであろう。」 ●神社神道にはどんなイデオロギーもない ・公式参拝は、民族国家の代表者が、自国の民族の精神習慣に則って国事受難者を慰霊する行為以外の何ものでもない。それを民族的な精神習慣とはみなさず、なんらかのイデオロギー的な行為とみなすから、違憲という解釈が出てくる。神社神道にはイデオロギーがあるはずないから、そこで想定されているのは、GHQがいうところの国家神道イデオロギーということになる。 ●日本を「民族国家以前」にしている敗戦後遺症 ・日本の政治家や官僚には、外国に差し障りのある意見を率直に現すことを回避しょうとする傾向があまりにも目立つ。こんなことをいったらアメリカに嫌われる、ロシアに嫌われる、中国に嫌われる、アジア諸国に嫌われる。どんな報復を加えられるわからない、圧迫を受けるかわからない、反発をくうかわからない、そうなれば日本は国際的に孤立してしまうという思い込みが、日本の政治家や官僚の間に幅広く渦巻いているとしか思えない。 ●民族国家らしくするとはどういうことか ・公式参拝は何らかの他意があるものではなく、純粋に慰霊のためであるなどと、外国にいちいち弁解する必要はない。いうのなら、一度だけいえばいい。何度も何度も繰返すべきではない。 ・第一に、他国に対していうべきことをはっきり主張するようにすること。そして、その主張に基づいた外交政策を幅広く展開していくこと。そのうえで、他国の主張との違いやズレをどうしたらいいかを考えて、国家の取るべき道を定めていくことである。 第二に、国家理念をはっきりさせ、諸外国にそれを外交活動の中でわからせていくことである。もっともはっきりさせるべきは、外から容易にみえてこない日本の理念「武力によらない紛争の解決」という理念である。その理念に基づいた外交活動をギリギリのところまで推し進める。どうしても戦争になることが避けられないと判断したならば、日本がおかれている国際的な環境に鑑みて、独自の判断をしていけばいいのだ。 お互いの自己を一定程度留保し合ってお互いの調和を形作り、なおかつお互いに自己を失うことはないという関係、そういう、日本人が歴史的に積み重ねてきた人間関係のあり方には、民族国家がどのようにして互いを開いていくことがいいのかのヒントがたくさん詰っている。→中国にしろ、韓国にしろ儒教が骨に染み付いている。対人関係においても、必ず人の上に人を作り、人の下に人をつくる。このような生き方は日本人は受入れられないだろう。 (http://www8.ocn.ne.jp/~senden97/yasukuni_osonfa1.html より引用) ▲ by darmouse2 | 2005-06-07 23:49
プレゼンテーマ:「私にとってオウムとは何だったのか」
(早川紀代秀、川村邦光・共著、ポプラ社、2005) 早川 紀代秀:1949年兵庫県生まれ。神戸大学農学部卒。大阪府立大学大学院緑地計画工学コース修士課程修了後、大手建設会社勤務を経て、86年に「オウム神仙の会」(後にオウム真理教に改称)に入会。95年に逮捕。第1、2審で死刑判決を受け、現在上告中 今回、プレゼンテーションを行って、みんなに内容を理解してもらうことができたか不安です。早川被告は、とても秀才でした。また、親や妻に対してもとてもやさしい人でした。本を読むまでは、このような人柄であるということは知らなかったので、オオム真理教に入会したことにとても驚きました。「権威」に対して逆らえないときに、人間は道徳的にしてはいけないことを何の抵抗もなく行ってしまう恐ろしい一面を持っているということがわかりました。この本を読んで人間の心理を勉強したような気がしました。真知 つい最近「麻原彰晃が逮捕されてから10年」というような内容の番組の中でこの本が取り上げられていた。早川紀代秀という人物がどのような環境で生まれ育ち、どうしてオウム真理教に入り、どうしてこのような事件を起こしてしまったか詳しく知ることができた。ごくごく普通の優秀な人がこのようになってしまうのだから、私たちもこんなの普通じゃないと思っていても、精神的に弱ったときにいつどんな人につけこまれるかわからない。そうならないために情報社会学のような講義を受けているのだろう。 今回は取り上げられなかったが、オウム真理教が起こした事件の中で長野県民としては松本サリン事件が忘れられない。6月27日、その日はお母さんの誕生日でなんとなく日付まで覚えてしまっている。そのときはまだサリンなどという言葉はなく、原因不明の異臭で数名死亡‥そんな感じだった。その後河野さんが何ヶ月も疑われていて‥そのことは「日本の黒い夏-冤罪」という映画にもなったが、とにかく長野県の中では長い長い事件だった。直接被害にあった人はいないが、間接的にはいる。オウム真理教が起こした数々の事件が今や風化の一途をたどっているが、今回のプレゼンを聞いて改めて2度とこんな事件がおきてはならないと思った。北原 今まで、オウム真理教の人は私達とはまったく別世界の考えを持って生まれた人たちなのかと思い込んでいましたが、幼いころから両親に大切に育てられ、優秀であった彼のような人が些細なきっかけで入り込んでしまったのだと聞き、宗教は怖いなと感じました。世の中には、彼のように神様の存在や宗教の教えなどを信じやすいタイプの人がいると思います。そのような人は要注意だと思いました。悪徳商法などの事件があるように、私たちはみな「権威」というものに大変弱いのであるということを知りました。問題はそれを認める以前に、自分自身のモラルを強く持つことが大切であります。 加藤 人は誰しもある程度は権威に弱いものだと思う。ある事柄について、その権威が自分より圧倒的多数の他者の信頼を集めているという事実に対し、どれだけ自分の考え方に自信が持てるかと考えたときに、一点の曇りもなく自分の考えを貫ける人などまずいないだろうと思うからだ。 権威への依存はイコール思考の放棄だ。自分で考えるより、権威の判断に従うほうがよりよい結果を生むに違いないと確信したときに、人はその権威に屈服したことになる。そしてその過程は、宗教によく似ている。 麻原が振るっていた力が果たして権威なのかという疑問はあるものの、多数の人間 > を支配し意のままにコントロールしようとするとき、権威は最もその力を発揮して しまうのかもしれない。これに抗う術はただ、自分で知識を集め考え判断するということのみだ。間森 数々の事件に携わったオウム真理教の信者の多くは、一流の大学を出た優秀な人たちだったというのは聞いたことがありました。勉強ができれば犯罪に手を染めないか、といえばそうではありませんが、事件を起こす前に気づかなかったのか、と以前から疑問に思っていました。早川紀代秀さんについてのプレゼンを聞いて、特別変わったところもない普通の人、という印象を受けましたが、自分と違うところは、神様や仏様を信じ、人間の潜在意識に興味があったところです。でも、信仰心を持ち心理学的なものに興味があるような人は世間にいくらでもいて、それはオウムを知るきっかけぐらいにしかならないと思います。1番ひっかかったのは「権威と殺人」の話です。それは自分の都合の良いように言っているだけで、単なる責任転嫁、リスク回避だと思いました。リスクについては前回の「希望格差社会」の中でも述べられていましたが、人のせいにすることや、自分が責任を取れないようなことはせず、毎日を楽しく生きていきたいと思います。海野 今回のプレゼンは、早川被告とオウム真理教についてのものだったが、早川被告だけではなくオウムの幹部には青山被告などかなり優秀な人物が多かった。このことは事件当時には不思議で仕方なかったが、プレゼンを聞いてなんとなく理由がわかった気がする。早川被告は少年時から優秀であり、学校のガキ大将的存在であった。それ故に自分が本当に頼ることが出来る人物がいなかったのではないだろうか。セミナーで一人一人に丁寧にシャクティパッドをし、熱心に話しをしてくれる麻原被告に強く魅かれオウムに入信してしまった。オウム内では彼の存在が絶対的なものであり、彼の発言に逆らうことは出来なかったとあった。早川被告は時折彼に選択を迫られ、その度に選択肢を狭められついには殺人も厭わなくなってしまったのだろう。他の被告も同様であると思う。たとえどんなに優秀な人物でも、絶対的な存在の命令ならば法に触れる行動すらとってしまうことに恐怖感を覚えた。堀田 今回のプレゼンでまず感じたのは、マインドコントロールの恐ろしさです。「eslという映画で囚人役と看守役に分かれて心理状態の経過を見るという話があるのですが、最後は看守役の人が洗脳されて、囚人を殺してしまいます。これは実際にあった実験らしいのですが、やはり人間は権威にすごく弱くて、洗脳されやすいのだと思いました。山下 優秀な人間だった著者が自分の意思ではなく麻原の指示で人を殺すまでにいたってしまう。それはオウムの信者が特別なのではなく熱心な宗教の信者は指導者から命令されたら同じように人を殺してしまうのではないか、と思った。そう考えると宗教というのは恐ろしいものだと感じた。佐々木 早川のような優秀な人間がこのような大事件を起こしてしまうなら、我々のような普通の人間はどうそれを未然に防いだらよいのでしょうか。仮に私が今、尊敬する先生に人を殺せと命令されたとしても、絶対その命令には従わないと言い切れます。しかし早川は自分一人で偏執的な思考に陥ってしまったわけでもなく、奥さんや家族にも相談をして悩んだ末に重い罪を犯してしまいました。私はこの話を聞いて絶望的なものしか感じられませんでした。我々は誰しも大きなところでは国家、宗教、小さなところでは大学、先生、会社、上司などの権威の下にいます。その権威がいつか我々にも不条理な命令をしてくるかもしれません。私にはそれを防ぐ方法は自分の意思、考えをしっかり持ってちゃんと否定することか、人里離れて誰とも関わらずに自給自足生活をするくらいしか思いつきませんでした。Shinya 今回初めて早川という人物を知りました。早川はとても頭が良く、学歴もあります。それなのにそんな優れた人がどうして殺人を犯してしまったのだろうと考えたときに、メンタル面に問題があったのではないかと思いました。私たちは毎日過ごしていく中で、人と触れ合うことによって様々な感情を持ちます。そして人の痛みも知ることができます。成長するにしたがって人間の感情や世間一般のモラルを身に付けていくものだと思います。きっと早川にはそういう成長がなかったのではないかと思いました。亡くなられた人達のことを思うと、たとえ頭がよくても、人の気持ちも考えることのできない、ましては自分の感情をも持たない早川がとても憎く思えました。 私は今回の授業を通して、宗教は度が過ぎると危険なものになるんだなと思いました。私が思い描いていた宗教とは、救いを神に求める、いわば心の置き所ぐらいで、人を信じすぎて殺人までをも犯してしまう恐ろしさがあるとは考えてもいませんでした。権威の恐ろしさを痛感しました。これから生きていく中で様々な人と出会うと思います。もし、宗教にのめりこんでいる人がいたら自分には何ができるのかわかりません。まずは自分もそうならないように気をつけなくてはと思いました。 瀬戸 「カリスマ」という言葉が身近なものになっていますが、「カリスマ」に対する思い(尊敬・憧れ)なども行き過ぎてしまうと今回のプレゼンの様になってしまうと思いました。自分が認めたモノやヒトを否定されると、自分が否定されたように感じてしまう気持ちは自分にも少しあるような気がします。普通の人であった早川さんがこのような道を歩んでしまったように誰にでも可能性はあると思います。そうならないために、自分をしっかり持つということを心に、それと麻原のような人間がいなくなってくれるよう願います。 山田 私が一番驚いたのは、早川さんはとても優秀な方であるにもかかわらず、オウムに入ってしまったことです。精神的に弱い人や、自分に自信がない人達は自分を絶対視する人に魅力を感じてしまうのかもしれません。自分をしっかりもつことは大切なことだと感じました。また権威という言葉がでてきました。私にはないのでよくわかりませんが、今回のプレゼンを聞いて、権威というものは人の道を外れてしまうような行為をもさせてしまうすごい力を持っているのだと感じました。オウムは世の中のためだとか、その人のためといっていても、結局は自分のためにやっているので、すべてがそうではないと思いますが、宗教というのは本当に怖いと思いました。 北村 私にとってオウムとは何だったのか、という本のプレゼンを行いました。宗教とはなんなのだろうか?ということを授業で考えていました。宗教に入る人はどんな人なのか…自分に自信がない人だろうか?精神的に弱い人だろうか?だれにでも宗教に入っ てしまう可能性はある気がします。宗教とは少し違うとは思いますが、占いを信じ込むのも怖いと思います。自分で決めたことが一番強い。私はいつもそう思っています。いろんな助言を聞きながら最後は自分で決めたいです。井出 ▲ by darmouse2 | 2005-06-02 09:09
「オニババ化する女たち 女性の身体性を取り戻す」 三砂ちづる著
●今回のプレゼンテーションを聞いて、先日、出産した従姉と従姉の子供に久しぶりに会ったことを思い出しました。赤ちゃんはとてもかわいく、一緒にいると気持ちが和み、その場の雰囲気を明るくしてくれました。従姉は、出産や育児を経験することで、内面的にも外見的にもますます女性らしくなっているなと感じました。従姉に会ったことや、今回のプレゼンを聞いて、せっかく女性に生まれてきたのだから妊娠・出産・育児をしたいという気持ちが前よりも強くなりました。 プレゼンを聞いて、一番印象に残ったことは出産適齢期が18,19歳であるということです。18,19歳というとまだ子供のように感じます。精神的に出産を乗り切ることができるのだろうかと疑問に思いました。 私は、出産していないからわからないけれど、きっとおなかの中に赤ちゃんを授かったら、その子の命を守るために、精神的にも肉体的にも強くなり、 18,19歳の若さでも出産を乗り切ることができるのではないかと考えました。 出産をすることで、今までとは違う自分に生まれ変わることができるかもしれないと思うと、女性にとって出産を経験することはとても大切であると思いました。伊藤 ●この本を読んで、自分が今まであまり関心をもっていなかったことに魅力を感じることができて、自分にとってとてもプラスになったと思う。それでもまだ結婚したいとか子供を産みたいというふうに思えないけれど、子供を産むなら自宅出産がいいと考えられるくらいには進歩したし、これからは自分の身体と向き合って生活していきたいと思う。 海野 ●私は、著者が重要なこととして「若い母親を守ってくれるような周囲の大人や行政が必要」と言っていましたが、それとは少し違う意見を持ちました。私のお母さんは、18歳で東洋大学に入り、その年にお父さんと結婚し、20歳のとき大学に通いながら姉を産んで、その翌年私を産んで、二人の赤ん坊を育てながら大学を卒業しました。そして卒業してからは公務員になることをあきらめ、家事育児に専念しました。私の母が大学のころは母のように学生でも子供を産む女性が多かったようです。つまり昔の女性と比べて今の女性は子供に興味がなく遊びたいのか、子供を産む覚悟がないのかであるので、子供なのだといえる。現在の若い女性が精神的に子供が多いため少子化が進んでいるのだと思う。それか、同世代に子供の父親となる覚悟を持つ男性がいないのか、女性が一生ついていく決意を持てないような男性がいないからなのかもしれない。つまり、現代の若者の精神年齢の低さが少子化などのいろいろな問題を引き起こしているのだと思う。周囲の目や行政の助けなど関係なく、覚悟があれば若い女性でも母親になれると思いました。山下 ●オニババ化する女たちという題名がまずインパクトがあってびっくりしました。そしてどのような内容なのかとても気になりました。この本は男の人に読んで欲しい本だと思いました。私はまだ学生で、結婚、出産を経験していないのでなんとも言えませんが、その経験をしてからまた読んでみたい本でした。今、結婚も出産もしたくないという女性が増えてきていて、私の友達でもそういう意見を持っている子も何人かいます。それは、個人の意見だから、そういう意見も尊重したいけど、私個人的にはぜひそういう女性ならではの経験をしたいです。そして女に生まれてきて良かったと心から思いたいです。女性として生まれてきたことをもっとありがたく、そしてもっと実感をして生きたいと思わせてくれるような本でした。 中林 ● 「オニババ化する女性たち」という本の発表を聞いて正直疑問点が多かったが自分の考え方を広げてくれたように思う。この本では女性は子供を生んだ後は考え方が変わるから早めに生んだほうがいいというが、現代では世間の目や経済的な問題、自分の立場などが大きな障害になり子供を中絶してしまう女性が多くいる。また、早く生むことで、子育てに追われて自分がやりたいことができないとも聞く。女性が子供を産む上での不安を取り除けば、子供を産む女性が増えれば、少子化問題も解決されると思うが、現代の社会背景では無理があり、簡単に子供を生むことができない。 私は正直子供が子供を生んで育てられるわけがないと考えていた。しかしそのような考え方が発表を聞いて、否定された感じがして、本のような考え方も大切だと感じた。女性が本来の女性らしく生きるためには、政府・自治体の資金援助、さらには身近にいる人> のサポートが必要だと学んだ。永田 ▲ by darmouse2 | 2005-06-02 06:29
プレゼン:「サッチャーに学ぶ教育正常化への道」(中西輝政編著、PHP研究所、20005)
プレゼンター:最初の発表内容がこの本の言いたいことと違ってしまいあまり伝わらなかったと思います。もっと本を読んだ後に考えたりしてから発表すればよかったと思いました。また、見ている人は本を知らないので知らない人に対していかにわかりやすく説明するかということももっと考えるべきだと思い、反省点がたくさんありました。崎田 サッチャーが教育改革を行った頃のイギリスの教育は今の日本の教育と似ているように感じた。最近ゆとり教育が見直されてきている動きがあるが、そもそもゆとり教育の当初の目的というものは、不登校の増加などの問題の改善策として、詰め込み型の教育を緩和し、子供に自主性を持たせ、豊かな人間性を育て上げる事だったはずだ。でもそれはあまりにも短絡的であったのではないかと思う。実際はもっと複雑で別の要因も絡んでくるだろうし、ましてや、ゆとりをもたせたからといって、豊か>な人間性が育つかどうかは別の話のような気さえする。ゆとり教育はイギリスの真逆の教育改革だった訳だが、学力低下による国の弱体化は違った面でゆとりを奪いかねないと思う。教育に関する問題は、誰一人として無関係な人はいないと思うので、そういった成功例を、参照してみたりして、「本当のゆとり」をもたらす為にはどう教育改革をしていくべきなのかを、一人一人が考えていくことが大切だと感じた。ogawa i 国内では現在いろんな教育改革らしきことが行われているが、海外の例を聞くのは初めてだった。「ゆとり教育」について、私たちの学年はたしか高校3年の1年間週休2日制を経験したが、 私にとってはけっこう苦痛だった。班活で8月に行われる全国大会を目指していたので土日は1日中部活で、それはぜんぜん苦痛ではなかったけれど、部活に参加していない人や部活を引退した人は塾に通い始めたり勉強をし始めたので差がどんどん開いていった。学校週5日制の目的については「子供にゆとりと生きがいを」「家庭や地域が教育の場を取り戻すきっかけを」「親と子のふれあいの時間の増」などと言われているが、果たしてこの目的はどれだけ達成されたのだろうと思った。北原 イギリス病という国単位でかかってしまった精神的な病気のようなものは本当に恐ろしいと感じました。戦争に勝ち、満たせれた生活を送ったために、当時の人々は堕落してしまった。それを打ち破ったサッチャーは見事で、イギリス病を治すきっかけになったのも戦争というか、侵略というものだったのは、なんとも複雑だった。今の日本のゆとり教育というものは学力低下を招きかねない。しかし、学力とは異なったものを学んでくれればよいと思う。しかし、イギリス病になる前にもう一度教育制度を見直し、ゆとり教育の価値を考えなければいけないと思った。永田 今回のプレゼンはイギリスのサッチャー元首相が行った教育改革を取り上げ、日本の教育を見直そうというものであった。最近特にテレビや新聞などで小中学生の学力低下が叫ばれている。この原因としてゆとり教育が挙げられている。ゆとり教育の中に自主性を重んじるとあったが、自分が小学生のころは自主的に勉強することなど絶対になく、時間さえあれば外に遊びに行ってしまっていた。やはり幼少の時は、ある程度強制的に勉強をさせ、基本的な学力を身につけさせることが大切であると感じた。堀田 イギリスの教育改革は良かったかどうかはわからないが、成果はでたと思う。日本でも一昔前のイギリスのように改革が迫られていた。そこで行ったことが「ゆとり教育」である。この制度の成果はまだ出てはいないが、学生はゆるみ教育と勘違いを起こし、勉強をしなくなってきていると思う。まだ他の対策を考える必要があると思った。 塩野 今回は「サッチャー改革に学ぶ教育正常化への道」というプレゼンでしたが、未来は子供たちが担っているという点で、教育問題は最重要課題だと思います。私は昔から学校が特別好きなわけではなかったけれど、かといって何事もなく過ごしてきました。教育問題は基本的に義務教育課程、あるいは高校も含まれていたりしますが、自分はもうその現場にはいないので、何が起こっているのかは殆ど報道でしか知ることができません。しかしまだ自分も教育を受けている身なので、子供の視点から物事を見てしまいがちなのですが、私は、子供たちがそれぞれに合った教育を受けられる環境を作るべきだと思います。私が知っている子の中には、小学校低学年であるにも関わらず高校の勉強をしている子もいます。勉強はできないけれど絵を描くのは得意だよ、とか、釣りが好きだよ、という子もいます。勉強ができる子は飛び級をしたりとか、学力で全て判断するのではなくもっと幅広い内容の教育など、もう少し自由であっても良いのではないでしょうか。 あらゆる問題に柔軟に対応するためには、法律の改正も考えなければならないと思います。その時に国がどのような教育方針を取っているかによって、子供たちの人生が変わってしまうこともあるかもしれません。子供たちに影響を与えていることをもっと自覚して、考えていくべきだと思います。海野 教育に限らず、日本もサッチャーさんの様な、行動力のある、統率力のある、リーダーがいたら、もっと良くなるのかもしれないと思った。「ゆとり教育」という言葉は今の日本に本当にあてはまあっている。日本を良くしようとか、母国を誇りに思うとか全く考えたことはないし、、周りのみんなもきっと同じだと思う。それは育ってきた教育環境に問題があるのだと知った。国によって、とても差がある。しかし、私は韓国や北朝鮮の様に愛国心がありすぎて、間違った教育を受けるのもどうかと思う。中林 今回のプレゼンをきいて学力低下について考えました。昔は先生に逆らえばよくたたかれたそうです。しかし今そんなことをすれば、PTAや教育委員会によって逆に先生が首になったり、訴えられてしまします。今の子供は親、PTAなどによって強く守られており、先生の立場がよわくなっていて今の子供をダメにしている。と何かで聞いたことがあります。またゆとり教育がはじまる時私は高校生だったと思いますが、先生が土曜がなくなったら今までのようにすべてを教えきれないといっていたのを思い出します。私には日本の教育方針というのはよくわかりませんが、考えてみるとPTAもゆとり教育もその当時はいいと思って行ったことだと思うので、絶対にコレがいいという教育方針なんてあるのだろうかと思いました。 北村 私が高校生の頃に週休二日の制度が始まりました。土・日両方が休日でとてもうれしいと思いました。しかし、週休二日になったために授業のスピードが速く、理解できない内容をそのままにしてしまうこともありました。また学校行事に時間をかけられなくなってしまいました。私が小学生、中学生のときは1つの授業内容に対して時間をかけて勉強することができました。学校行事の練習・準備にも時間をかけることができたため、友達と力を合わせて何かを作り上げるすばらしさを知ったり、協力性などを身につけたりすることができたと思います。このように比べてみると「ゆとり教育」が逆効果になってしまっている気がします。これから教育について考え直さなければ子供の学力やモラルが低下してしまうと思います。伊藤 サッチャー改革に学ぶ、教育正常化への道ということで、今回は日本の教育について考えてみました。最近、ゆとり教育で学力が低下した(四字熟語を知らないとか、漢字が読めないなど)という新聞記事をよく目にします。ゆとり教育で勉強時間が圧迫され、その結果が学力低下に響くのであれば、それは大問題だと思います。日本人としての最低限の知識、漢字や歴史など、知らなくても生きていけるのが実体なのですが、やはり日本という国の伝統を知らないでいるのは、どこか悲しく寂しい気がします。 また、最近の小学生が学校の勉強だけでなく塾でも勉強しているということを聞くと、時代が変わったなと思います。私たちの頃では考えられませんでした。それだけライフスタイルも変化しており、時代の流れの早さにただただ驚きます。しかし、よく考えると、子供が自主的に塾に行くとは思えず、親が行かせているのであれば、親の子供の教育への関心が、私たちの頃よりも高いのではないかと思います。これから10数年後、今度は親として教育問題に直面します。そのとき、親として我が子をどう教育すべきなのか、これからの教育改革に注目しつつ考えていきたいと思いました。 瀬戸 ゆとり教育による学力の低下が問題になっているらしい。しかし、今はゆとり教育が問題視されているが、これが少しずつ変わって行ってまた何十年かたったら今度はつめこみ教育が問題になるのではないかと思う。結局そんな微調整をいつまでも繰り返していくんじゃないかと思う。 佐々木 日本は小・中学校でゆとり教育と言われていて、高校に入ったら5教科7科目のセンター試験。高校での勉強に負担がかかりすぎてしまいます。勉強も大切だとは思いますが、私は学校の授業で道徳の時間を少し増やすと良いと思います。社会問題をとりあげて、生徒が意見を出し合ったりして「こころ」の勉強も必要だと思いました。"井出 当時のイギリスの状況と日本の状況は確かに似ているのかもしれませんが、サッチャーが実行した改革自体は既に今の日本でも実行されているものなのではないでしょうか。問題は教育機関のものではなく社会にあると私は思いました。戦後の復興で高度成長を遂げ、裕福になり、我々の世代はほとんどその苦労を知りません。そしてその物質的な裕福さのために精神的な物足りなさを感じてしまいます。また、昔の子供は悪いことをしたら近所の人がしかって道を正してくれたなどという話も聞きます。これらは政府が介入したからといって改善できるものではありません。こういった社会を改善するためには近所のみんなが互いを興味を持ち、子供には物を与えるばかりではなく苦労することを知らせるべきだと思います。北村 現在の日本の教育は様々な問題を抱えていると思う。自分自身の小中学校時代を振り返ってみて思うことは、何かを考える時間というものがとても少ないということだ。例えば歴史の授業では、起きた出来事とその年号を覚えてそれをテストの答案用紙に書くだけといったように。なぜそれが起きたのかを考える時間が無かったように感じる。個人的には、歴史の授業では時代ごとの価値観や考え方を理解することの方が年号を覚えることよりも大切だと思う。矢野 ▲ by darmouse2 | 2005-06-02 06:19
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